「売れない理由」はデータの外にある
前回は、「なぜデータ分析をしても売れないのか?」という問いに対し、その原因は“人間理解の不足”にあるとお伝えしました。
人は、価格やスペックといった合理的な理由だけでモノやサービスを選んでいるわけではありません。特に成熟社会の今、「なんとなく好き」「自分に合っている気がする」といった、感情や意味が購買意思決定に大きく影響しています。
つまり消費とは、単なる購買行動ではなく、その人の“生き方の選択”そのものです。では、その「選ばれる理由」はどうすれば設計できるのでしょうか。
HACモデルとは「誰に売るか」ではなく「どんな価値があるから選ばれるか」の設計図
従来のマーケティングは、属性で市場をセグメント(細分化)し、「誰に売るか(ターゲティング)」を考えることが中心でした。しかし前回ご説明した「HACモデル」は視点が異なります。HACとは、“その人が何を意味(価値)として選ぶのか”を設計するフレームです。
例えば「60歳男女」という属性ではなく、「自分らしさで承認されたい、バブル世代の元シティボーイ/シティガール」と捉え直したとします。この瞬間、同じ商品でもコンセプトが変わり、コピーもコミュニケーションも大きく変わります。
HACモデルで考えることは、単なる分析ではありません。「人間理解(ニーズの明確化)→仮説→コンセプト化」という順番で、“選ばれる理由”を設計することです。この順番が、ビジネスに再現性を生みます。
同じ商品でも「価値=コンセプト」が変われば売れ方は変わる
ここでは分かりやすく、「サプリメント」を例に考えてみましょう。
従来型のアプローチで、よくありがちなのは、
- ターゲット~60歳男女シニア層
- 訴求ポイント~健康維持・将来不安の解消
- コピー~「今から備えましょう」
いわゆる「機能・不安解消訴求」で、必要性は理解されますが、心は動きません。つまり“買う理由”になりにくい構造だからです。なぜならこの世代は、70代以降と比べると、まだ健康に強い不調や不安を実感していないケースが多いからです。本来、健康とは目的ではなく、「やりたいことを実現するための前提条件」です。では、その「やりたいこと」の一つを考えてみましょう。
HACで再設計(意味・感情訴求)
H:Human Nature(人間の本質)
→人は人や社会との関わりの中で認められ、「自分らしさ」を実感する。→生きがいや自己実感が、行動の原動力になる。
A:Aging(加齢)
→競争よりも、「自分らしさ」「楽しさ」を重視する傾向へ変化。→加齢を肯定的に捉える人ほど、健康や幸福感、行動意欲も高い。
C:Cohort(世代)
→若い頃にサブカルチャーや遊びを楽しみ、自己表現を重視してきた世代。→個人の価値観が尊重される時代背景の中で生きてきた。
こうした結果として、従来の家族モデルに縛られない生き方も一般化し、現在は60歳の約3人に1人が独身(未婚・離別・死別含む)という実態があります。そして「婚活・恋活」といった市場も広がり、“人生後半のパートナーシップ”を自分の意思で選び直す動きが活発になっています。これは単なる未婚率の問題ではなく、「人生を自分らしく再設計する自由度の高さ」を象徴しているとも言えます。
これらを踏まえて仮説を立案すると、「この世代は、“健康のため”ではなく、“人生を楽しみ、自分らしく再選択するため”に行動する」、そしてその行動こそが、結果的に健康を維持すると定義できます。
HACによるコンセプト設計
ターゲット
⇒これからの人生を面白くしたい、成熟した大人世代。
訴求ポイント
⇒健康ではなく、“人生をワクワク楽しみ続けるためのコンディション”。
コピー例
⇒もう一度、心が動く人生へ。
⇒年齢は、重ねるものじゃない。面白くするものだ。
⇒人もワインも、いいものほど時間がかかる。
こうした結果、“必要だから買う”から、“こうありたいから選ぶ”へ変わるのです。
重要なのは「機能」ではなく「意味(価値)の提案」
ここで重要なのは、商品は同じ。変えたのは「顧客にとっての意味(価値)=コンセプト」の提案です。同じ商品でも、顧客に伝わる価値が変化します。
- 不安を解消する商品 → 顕在ニーズ対応
- 人生を楽しませる商品 → 潜在ニーズを喚起
つまり、ビジネスの成果は、この“コンセプト設計”で、ほぼ決まります。
マーケティングとは「共感率」を設計する仕事
CVRやLTVといった指標は重要です。しかしそれらはすべて「結果」に過ぎません。CVRは“結果の数字”、共感率は“原因の設計”です。
- 自分に合っている気がする
- このブランドは自分らしい
- なんとなく好き
この“なんとなく”を仮説として言語化できるかどうか。ここに、成果の差が生まれます。どれだけ戦略やツールが優れていても、「伝え方=口説き文句」が共感されなければ、人は動きません。
ビジネスの成功確率を高めるために
マーケティングは、「正解探し」ではありません。マーケティングで私たちが得られることは、「成功確率を高める仮説の質」です。その質を決めるのが、どれだけ人間を立体的に理解しているかです。HACモデルは、そのための思考モデルです。
- データは「結果」であり「理由」ではない
- 人は機能だけでなく「意味」で選ぶ
- HACは「選ばれる理由」を設計するフレームである
売れるかどうかは、“コンセプトの設計”で決まります。そしてそのコンセプトは、「誰をどれだけ理解しているか」で決まります。