「なぜ、売れないのか?」は人間理解で解ける
EC市場は拡大を続け、データもツールも進化しました。それにもかかわらず、多くの現場でこんな声が聞こえてきます。
「顧客を分析しているのに、なぜか売れない…」
この違和感の正体は何でしょうか。私はその原因を、“人間理解の不足”にあると考えています。
人は合理的に選ばない
人は、価格やスペックだけで商品を選んでいるわけではありません。
- なんとなく好き
- 自分に合っている気がする
- 共感できる
こうした感情や意味が、意思決定に大きく影響しています。つまり消費とは、「合理的行為」だけでなく、「文化的・感情的行為の側面が大きい」と言えます。
データでは見えないもの
ECは特にデータドリブンになりやすい業界です。
- CVR
- LTV
- セグメント分析
データは様々な事柄を教えてくれますが、それらはあくまで「結果」です。なぜその行動が起きたのかという「理由」までは、見えにくい側面があります。
人間理解のフレーム:HACモデル
そこで有効なのが、以前に私が提唱したマーケティング・ジェロントロジーの「HACモデル(ハックモデル)」です。これは、次の3要素から人間理解を深めます。
H:Human Nature(人間の本質)
- 社会的動物
- 人は感情で動く
- 意味を求める存在、など
人間の本質を理解するうえで、最も分かりやすい理論の一つが、心理学者のアブラハム・マズローが提唱した「欲求5段階説」です。
人の欲求は、以下のような段階で構成されています。
- 生理的欲求(食べたい・寝たい)
- 安全欲求(安心・安定した生活をしたい
- 社会的欲求(所属・人とつながりたい)
- 承認欲求(役に立ちたい・認められたい)
- 自己実現欲求(自分の可能性を発揮したい)
重要なのは、上位に行くほど「感情」や「意味」が強くなる点です。
例えばECにおいても、安いから買う「安全欲求」から、人に認められたいという「承認欲求」、このブランドが好きだから買う「自己実現欲求」へと、購買理由は変化していきます。
つまり人は、機能や価格だけでなく、「自分にとっての意味」で選ぶ存在なのです。
A:Aging(加齢)
- 年齢による価値観の変化
- 幸福の感じ方の変化
- ウェルエイジング(自分らしい年齢の重ね方)という視点、など
また加齢についても、近年の研究により重要な示唆が得られています。米国イェール大学の心理学者であるベッカ・レヴィの研究では、「加齢を肯定的に捉えている人は、そうでない人に比べて平均約7.5年長生きする」という結果が報告されています。
これは単なる寿命の話ではなく、自己認識、社会との関係性、行動意欲といった心理的要因が、健康や行動に大きく影響することを示しています。
また加齢に伴い、「競争から関係性へ」、「所有から体験や意味へ」と価値観がシフトしていく傾向も見られます。昨今は若い世代にも、見受けられます。
つまり加齢とは衰えではなく、「価値観の変化プロセス」なのです。
C:Cohort(世代)
- 同じ時代に生まれ育った人に共通する価値観
- バブル世代・Z世代・ミレニアル世代など
ジェロントロジーにおける「コホート(Cohort)」とは、同じ時期に生まれ育ち、近しい経験や共通の特性を持つ人々のグループを指します。
例えば同じ60歳でも、10年前・20年前とは時代背景が異なるため、価値観や消費行動も大きく異なります。
なぜ今HACなのか
従来のマーケティングでは、市場のセグメンテーション(細分化)やターゲティングを行う際に、
- 年齢
- 性別
- 所得
といった属性データが中心でした。
私は一貫して「ニーズ」を起点に考える重要性を提唱してきましたが、そのニーズのベースにあるのが、「どう在りたいか、どう生きたいか」という人間の価値観です。
その価値観を読み解くには、以下の3つの掛け合わせが必要です。
- 本質(H) 人間の本質を理解する
- 加齢(A) 人がどう変化するかを理解する
- 世代(C) 同時代経験による価値観を理解する
つまり、人は感情で動き(H)、年齢とともに価値観が変わり(A)、時代によってその前提が異なる(C)。この3つを統合して捉えることが、現代のマーケティングには不可欠です。
ECに限らず、ビジネスやマーケティングは、いま「優れた商品が優れている事実」ではなく、「何故、売れるのか」人間を理解していることが重要です。
ビジネス成功の確率を高めるために!
マーケティングを行う意義は、ビジネスの成功確率を高めること、そして属人化せず再現性(誰が行っても成果が出る仕組み)をつくることにあります。
データ分析やアンケート、インタビューなどをどれだけ行っても、「ビジネスの正解」は出ません。実際のところ、「やってみないと分からない」のが現実です。
だからこそマーケティングは、「仮説を磨く」ことで成功確率を高めます。そしてその仮説の質を左右する最大の要素が、「人間理解」です。
HACモデルは、その人間理解を体系化し、実務に活かすためのフレームです。
次回は事例編として、具体的に解説していきます。