45年間マーケティングを続けてきて思うこと【後編】
前編では、約45年間マーケティングの仕事をしてきた私自身を振り返りました。広告代理店時代は、新しい商品、新しいメディア、新しいライフスタイル、そして若者文化を追いかけていました。
その後、ダイレクトマーケティングをはじめ、さまざまな理論やフレームワークを学び、企画やコンサルティングに加え、研修やセミナーで教える仕事も増えていきました。
しかし、50歳を目前にして、若い世代との距離や急速なデジタル化を感じ、「自分の仕事やキャリアに賞味期限があるのではないか」と、将来に不安を感じるようになります。
そんな私が、音楽好きでプライベートで通っていたディスコで、さまざまな人の本音を聞くようになり、いつの間にか「市場」ではなく「人間」を見るようになったのです。
そして58歳頃、「自分たちも、もうシニアと呼ばれる世代なのだ」と気づき、ABS世代(アクティブ・バブル・シニア)という仮説を立てました。
ここから、マーケティングだけでなく、私自身のライフスタイルや生き方に対する考え方も、大きく変わっていきます。
「シニア」をマーケティングする前に、人間を理解したい
ABS世代という仮説を立ててから、私は改めて「年齢を重ねるとは、どういうことか?」と考えるようになりました。
それまでのマーケティングでは、20代、30代、40代というように、年齢で市場を区切ることが少なくありません。もちろん年齢や性別は重要な情報です。しかし、ディスコで多くの人を見て話してきた私には、それだけでは人間、つまり「ターゲット」を説明できないことが分かっていました。
同じ60歳でも、若々しい人もいれば、そうでない人もいる。仕事を続けたい人もいれば、遊びたい人もいる。新しいことに挑戦したい人もいれば、静かに暮らしたい人もいる。私が以前に調査企画したアンケートでは、同じ年齢でも、生まれ育った時代背景が違えば、人生観やお金の使い方なども違うことや、年齢を重ねるほど「実年齢」と「主観年齢」の差も大きくなること、個人差が広がることなどを明らかにしていました。
そこで私は、「人は年齢を重ねると、何が変わり、何が変わらないのか」を、もっと体系的に理解したくなりました。そこで出会ったのが、ジェロントロジーです。
ジェロントロジーは、日本では「老年学・老齢学」と訳されてきましたが、単に高齢者だけを研究する学問ではありません。人間の加齢を、哲学や心理学・医学だけでなく、脳科学、社会学、経済学など、さまざまな分野から学際的に研究する実学です。
つまり、「人間は年齢を重ねることで、どう変化するのか」を、人生全体の中で考える学問でもあります。「シニアに対してどうマーケティングするか?」の前に、「そもそも人間は、年齢を重ねるとどう変化するのか?」を理解したい。それが、私がジェロントロジーを学ぼうと思った理由でした。
59歳で南カリフォルニア大学のジェロントロジーを学ぶ
私がジェロントロジーを学んだのは59歳のときです。南カリフォルニア大学(USC)のジェロントロジー通信講座を受講し、修了しました。
当時、東京・代々木の山野学苑とUSCが業務提携しており、山野美容専門学校の教育プログラムが一般の社会人にも提供されていて、私は友人から紹介され受講しました。これは学位や資格ではありませんが、私にとって大きな意味を持つ学びでした。
なぜなら、58歳で立てたABS世代という仮説を、自分自身の経験談だけで終わらせたくなかったからです。「人間は、年齢を重ねることで、どのように変化していくのか?」この問いをジェロントロジーから学び直し、それまでのマーケティング経験と結びつけて考え、整理してみたかったのです。
ジェロントロジーと「美齢学」
ここには、もう一つ興味深い話があります。山野学苑ではジェロントロジーを「美齢学」と表現していました。山野学苑の創設者である山野愛子さんは、美しさを外見だけではなく、精神や身体、髪、顔、装いまで含めて総合的に捉えていました。
一方、ジェロントロジーも、加齢による心身の変化だけでなく、心理や社会との関わりまで含めて人間を総合的に考えます。
心と身体、そして外見。
一見すると別々の領域ですが、人間という一つの存在として考えれば、深いところでつながっています。私は「美齢学」という言葉がとても好きです。「老いを研究する」というだけではなく、「美しく年齢を重ねる」という発想と視点だからです。
年齢を重ねることを、単なる衰退として捉えない。若い頃に戻ることでもない。経験を積み重ねながら、自分らしく成熟していく。それも、人間の成長の一つなのではないでしょうか。
人間にも「成熟期」がある
ここで、マーケティングの話に戻りましょう。マーケティングには、プロダクトライフサイクル(PLC)という考え方があります。市場や商品には、「導入期→成長期→成熟期→衰退期」というライフサイクルがあるというものです。
成熟期に入った商品を、「もう成熟したから終わり」とは考えません。パッケージを変える。新しい使い方を提案する。新しい顧客を開拓する。時代に合わせて価値をアップデートする。そして、長く愛されるブランドへ育てていく。
つまり、「成熟=衰退」ではありません。成熟とは、これまで蓄積してきた価値を生かしながら、さらに進化していく時期なのです。
ここで私は、あることに気づきました。プロダクトライフサイクルは、人間の人生になぞらえて商品や市場の変化を考えてきたのに、肝心の人間の「成熟」については、同じように考えていないのではないか。
人間にも、「生まれる→成長する→成熟する→人生の終わりを迎える」というライフコースがあります。だとすれば、50歳以降を「人生の衰退期」と考える必要はありません。
もとからある個性に加え、これまでの経験、人間関係、知識、成功、失敗、好きなこと、嫌いなこと。若い頃には持っていなかったものが、たくさん蓄積されています。それらを使って、自分自身をアップデートする。私は、それを「人生の再編集」と考えています。
エリクソンの発達段階から考える「成熟」
この考え方を整理する上で参考になるのが、心理学者エリク・エリクソンの発達理論です。エリクソンは、人間の発達を子どもから高齢期まで、生涯にわたる段階として捉えました。成人期には「生殖性」、高齢期には「自我統合」という課題があります。
ここでいう「生殖性」は、子どもを産み育てることだけではありません。仕事で培った知識や経験を若い世代に伝えること、誰かを育てること、社会に貢献すること、自分の経験を発信することも含まれます。つまり、人間は若い頃だけが成長するのではない。人生の後半にも、別のかたちの成長があります。
若い頃は、競争の中で経験を増やし、「自分は何者なのか」を見つけていく。そして成熟期には、これまでの経験を編集し直し、人との比較だけではなく、「自分にとって何が大切なのか」を見つめ、それを自分なりの価値に変えていく。そして、それを次の世代に伝えていくことで、自分自身もまた成長していく。
そう考えると、50代以降は「人生の終盤」ではなく、「人生の第二幕」と考えることができます。
「若返る」のではなく「アップデートする」
成熟期を迎えた商品を、マーケティングでは市場導入期のように「若返らせる」わけではありません。その商品が持っている本来の価値を生かしながら、時代に合わせてアップデートし、ブランディングします。
人間も同じではないでしょうか。50代、60代になって、「若い頃に戻りたい」と考える必要はない。むしろ、「今の自分だからできることは何だろう?」と考える。
服装を変えてみる。人間関係を見直す。仕事の仕方を変える。趣味を始める。恋愛をする。旅をする。学び直す。そして、自分自身の価値観をもう一度編集してみる。
これが、私の考える「人生の再編集」です。だから私は、50歳以降を「成熟世代」と呼んでいます。「シニア」が年齢による区分になりやすいのに対して、「成熟世代」は、これまでの人生を生かし、これからを考える概念として捉える言葉だからです。
マーケティングの賞味期限を延ばしてくれたもの
振り返れば、私は45年間、ずっと新しいマーケティングを追いかけてきました。
マスマーケティング、ダイレクトマーケティング、さまざまな○○マーケティング、理論、メソッド、モデル、そしてデジタルマーケティング。
それぞれの時代に意味があり、マーケティングを進化させてきた大切な知見です。ただ、45年間を振り返って、最後に残った問いがあります。
「マーケティングは、そもそも誰のためにあるのか?」
自社の商品やサービスを売るため。企業の利益を上げるため。ブランドをつくるため。もちろん、それはビジネスに欠かせません。でも、その先には必ず「人」がいます。
商品を買う人。サービスを利用する人。ブランドを好きになる人。そして、その商品やサービスによって、便利になったり、楽しくなったり、ワクワクしたりする人。
つまり、マーケティングの先にいるのは、いつの時代も人間なのです。
「人間理解」に賞味期限はない
私は今、マーケティングを考えるとき、最初に「人間」を見るようにしています。年齢だけで人を決めつけない。属性だけで人を括らない。データや記事だけで、人を理解したつもりにならないことです。
・その人は、どんな人生を生きてきたのか。
・何を大切にしているのか。
・何にワクワクするのか。
・何を不安に感じているのか。
・これから、どう生きたいと思っているのか。
そうしたことをリアルに理解した上で、初めて問いが生まれ、仮説が生まれる。これが、45年間マーケティングを続けてきた私が、今たどり着いている考え方です。
新しいマーケティング理論には、賞味期限があるかもしれない。しかし、「人間を理解する」ということに、賞味期限はありません。
AI時代だからこそ、「人間理解」が重要になる
今、マーケティングの世界でもAIによって大きな転換期を迎えています。情報を集め、整理し、分析し、発信する。これまでマーケターが時間をかけていた仕事の一部を、AIが短時間でできるようになってきました。
では、AIが進化すればするほど、マーケティングは「人間の仕事」から離れていくのでしょうか。私は、むしろ逆だと思っています。AIが知識を持ち、情報を整理し、アイデアを出してくれるようになるほど、人間にしかできない「何をするのかを決めること」の価値が重要になるからです。
そのためには、「人間を理解する」ことが欠かせません。
・なぜ、この人はこれを欲しいと思うのか。
・なぜ、同じ商品でも人によって魅力が違うのか。
・なぜ、ある言葉には心を動かされ、別の言葉には反応しないのか。
・なぜ、年齢を重ねることで、欲しいものが変わるのか。
・そして、人はこれからどんな人生を送りたいと思っているのか。
こうした問いは、年齢や性別、数字だけで十分に答えられません。「リアルな人間を見ること。人と話すこと。自分自身が体験すること。そして人生について考えること。」
AI時代だからこそ、情報の向こう側にいる「人間」を見ることが重要になるのではないでしょうか。
新しい技術には、また新しい賞味期限がやってくるかもしれません。しかし、人間が人間である限り、人間理解に賞味期限はありません。
マーケティング・ジェロントロジーへ
そして59歳で学んだジェロントロジーと、それまでの45年間のマーケティング経験を掛け合わせ、私なりに体系化したのが、「マーケティング・ジェロントロジー」という考え方です。
そこからさらに、
・「成熟世代」
・「生きがい消費」
・「HACモデル」
といった、実務で活用できる考え方とフレームへ発展していきました。その中心にあるのは、いつも「人間理解」です。
年齢を見る。世代を見る。時代を見る。そして、その人がどんな人生を生き、何を求めているのかを見る。データだけではなく、目の前の一人の人間を見る。
そこから問いを立て、仮説をつくり、AIなどの新しい技術も活用しながら、マーケティングを考えて実行する。それがマーケティングだと思っています。
45年間、新しいマーケティングを追い続けてきた私が、最後に行き着いたのは、とてもシンプルなことでした。
ビジネスでも、プライベートでも、大切なのは、「大切な人やお客様を、どうすれば笑顔にできるか?」ではないでしょうか。
マーケティングの「賞味期限」を延ばしてくれたのは、新しい理論ではありませんでした。
人間を知ること。
それが私にとって、一番古くて、一番新しいマーケティングなのです。