一般社団法人ジャパンEコマースコンサルティング協会

トップページ JECCICA記事 楽しく誰にも分かるマーケティング:Vol.99 【「懐かしい」は、未来への期待を生み出すマーケティング資産】
シェア
ポスト
メール

楽しく誰にも分かるマーケティング:Vol.99 【「懐かしい」は、未来への期待を生み出すマーケティング資産】

「懐かしい」は、人生を前向きにするスイッチ

私は 25 年以上、プライベートでディスコに通い、現在は DJ 兼主催者として「ディスコ&昭和歌謡 Night」を定期開催しています。参加者は 50.60 代を中心に、当時を知らない若い方も参加されます。

ディスコは、私にとって単なる趣味ではありません。人間を観察するフィールドワークの場でもあります。その現場で何度も目にしてきたのが、「音楽が人を変える瞬間」です。

最初は少し照れながら会場に入ってきた人が、青春時代の一曲が流れた途端、表情が変わり、笑顔になり、自然と身体が動き始めます。初対面同士でも会話が弾み、「また来たい」「次回は友人も誘いたい」という声が次々と聞こえてきます。

ジェロントロジー(加齢科学)を学んだ今、私はこの現象が、心理学でいう「レミニセンス・バンプ(Reminiscence Bump)」であることを理解しました。

「レミニセンス」は「回想・追憶」、「バンプ」は「盛り上がり」や「突出した山」という意味です。つまり、人の記憶の中で、特定の時期だけが山のように鮮明に残る現象を指します。そのピークは一般的に 10 代後半から 20 代です。

進学、恋愛、就職など人生の転機が集中し、自分らしさや価値観が形成される時期であり、脳の記憶機能も活発なため、その頃の音楽や映画、ファッション、人との思い出は強く刻み込まれます。コラムをお読みの皆さんにも、一曲の音楽を聴いただけで、当時の風景や感情が一瞬によみがえった経験があるのではないでしょうか。

重要なのは、過去を懐かしむことではありません。あの頃のワクワクを思い出すことで、「これからも人生を楽しみたい」という未来への期待が生まれること。そこにレミニセンス・バンプの本当の価値があります。

懐かしさは、幸福感を生み、次の行動を促す

青春時代を思い出し、笑い、語り、音楽に合わせて身体を動かす。こうした体験は、幸福感や意欲に関わるドーパミン、人とのつながりや安心感を育むオキシトシンといった神経伝達物質の働きを促すと考えられています。

さらに、「思い出す」「会話する」「身体を動かす」という行為は、記憶や判断を司る前頭葉をはじめ、脳のネットワークを幅広く刺激し、認知機能の維持やウェルビーイングの向上にも役立つ可能性があるとされています。私のイベントでも、最初は椅子に座っていた方が、30 分後には笑顔で踊り、帰る頃には「次も参加したい、次は何を着て来ようかな」「次回は友人も連れて来たい」と話し、写真を撮って SNS に投稿する方もいます。

マーケティングの視点で見れば、ここで起きているのは感情の変化ではなく、行動の変化です。レミニセンス・バンプは、単なる懐古趣味ではありません。人の感情を動かし、未来の行動を生み出す心理メカニズムなのです。

そして「SNS」で発信し、デジタル上での口コミを拡散しています。

成熟世代が求めているのは、「健康」ではなく「生きがい」

成熟世代市場(シニア市場)では、「健康寿命」「認知症予防」「老後不安」がテーマになることが少なくありません。もちろん、それらは大切です。

しかし、50 代・60 代の多くは、まだ元気です。だからこそ、本当に求めているのは「不調や不具合を治すこと」より、「人生をもっと楽しみたい」という欲求ではないでしょうか。

・ディスコで踊る。
・昭和歌謡を歌う。
・レジェンドアーティストのライブを鑑賞する。

こうした体験の目的は、過去へ戻ることではありません。

・「また出かけよう。」
・「もっとおしゃれをしよう。」
・「新しい仲間と出会いたい。」

そんな未来への意欲が生まれることです。私は、この価値を「生きがい消費」と呼んでいます。

人は健康になるためだけにお金を使うのではありません。人生をもっと楽しみたいという期待に対して、時間とお金を投資するのです。

EC 時代のマーケティングは、「商品」ではなく「人生」を届ける

この考え方は、EC サイトにも大きなヒントを与えてくれます。多くの EC サイトでは、商品の性能や価格、機能を伝えることに力を注いでいます。

しかし、以前からお伝えしているように、顧客は商品そのものではなく、商品を通じて得られる価値(コンセプト)に対価を払っています。

成熟世代を例にすれば、レコードプレーヤーを購入する人は、機材が欲しいのではありません。「青春時代の音楽にもう一度心を躍らせたい」のです。旅行バッグを買う人は、「また旅に出たい」という期待を。洋服を買う人は、「もう一度おしゃれを楽しむ自分」を購入しています。

つまり、EC の商品ページも、スペックや価格を並べるだけでは十分ではありません。「この商品によって、どんな気持ちになれるのか」「どんな未来が待っているのか」まで伝えることが、成熟世代マーケティングでは重要になります。

商品説明だけでは価格競争になります。しかし、その商品が思い出を呼び覚まし、新しい人生への期待を生み出すことまで伝えられれば、EC は単なる通販ではなく、「人生を豊かにするメディア」へと進化します。

私は、これからの成熟世代マーケティングは、「モノを売る時代」から、「人生の第二幕をデザインする時代」へ変わっていくと考えています。レミニセンス・バンプは、過去へ戻る心理現象ではありません。未来へ踏み出すための心理的エネルギーです。

そして、そのエネルギーを商品やサービスの価値へと結び付けることこそ、私が提唱する「マーケティング・ジェロントロジー」であり、成熟市場における新しいマーケティングの考え方なのです。

シェア
ポスト
メール
客員講師

鈴木 準

(株)ジェイ・ビーム代表

マーケティングコミュニケーションコンサルタント。「顧客視点でのマーケティング」を信条とし、生活者の価値提供を最重要視した、マーケティングコミュニケーション領域の、コンサルティング&プランニングを手掛ける。

関連記事

客員講師

鈴木 準

(株)ジェイ・ビーム代表

マーケティングコミュニケーションコンサルタント。「顧客視点でのマーケティング」を信条とし、生活者の価値提供を最重要視した、マーケティングコミュニケーション領域の、コンサルティング&プランニングを手掛ける。

執筆記事の一覧

老舗通販スクロールに学ぶ
AI時代のEC・通販改革
次の成長モデルとは