ABS世代という“成熟世代”が、これからの消費を変えていきます
博報堂が、「Z世代化する令和シニア」という興味深いキーワードを提唱しています。
デジタルネイティブ世代であるZ世代に近い価値観を持ち、スマホを使いこなし、下の世代とのつながりや新しい体験を積極的に求める60代。従来の“高齢者像”とは異なる、新しいシニア像を示したものです。この視点は非常に興味深いものですが、私はこの現象を、単なる「シニアの若者化」とは少し違う視点で捉えています。
それは、これまで日本社会やビジネス現場が作ってきた「シニア像」そのものが、現実とズレ始めているということです。私は7年前から、この世代を「ABS世代(アクティブ・バブル・シニア)」と呼んできました。
昭和30年から45年頃までに生まれたこの世代は、戦後最も豊かになった時代に青春を過ごし、日本の消費文化やライフスタイルの変化を牽引してきた世代です。そして社会人として歩み始めた頃に、バブル景気の恩恵を受けた世代でもあります。
そして今、その価値観が再び時代と共鳴し始めているようです。
「モノよりコト」の第一世代だったABS世代
最近、「トキ消費」「応援消費」「推し活」という言葉をよく耳にします。これらは単なるモノの購入ではなく、「体験に対価を払う」「共感や自己表現に対価を払う」という消費行動だと感じています。しかし、その原型は1980年代の「モノからコトへ」という価値観にあります。
高度経済成長期に育ったABS世代は、幼少期からテレビや家電の普及を体験し、“豊かさ”が日常へ浸透していく時代を生きてきました。
そして青年期には、
- オシャレを楽しむ
- クルマを乗りこなす
- スキー、テニス、サーフィンへ出かける
- ディスコで仲間と盛り上がる
といった、“自分を表現する消費”を日常化していきました。
そこには単なる所有欲ではなく、「カッコよく生きたい」「綺麗でいたい」「彼氏、彼女が欲しい」「人生を楽しみたい」という、美意識や体験価値への欲求がありました。つまり彼らにとって、ファッションやクルマ、スキーやテニスなどのツールといった“モノ”とは、単なる所有ではなく、“どう生きるか”を表現する手段だったのです。
これは現代の推し活やSNS時代の自己表現消費とも、非常に近い構造を持っています。
90年代、新しい家族像も作り上げました
ABS世代は、90年代にファミリーのライフスタイルも大きく変えました。ワンボックスワゴンで家族を連れてテーマパークへ行く。休日にはBBQやアウトドアを楽しむ。「家族で時間と体験を共有する」という文化を一般化したのも、この世代です。
また、女性の本格的な社会進出が始まったのも同時代でした。「仕事、家庭、趣味、自分らしさ」、従来の価値観に縛られず、ライフスタイルそのものを更新してきた世代だと言えるでしょう。
さらに1990年代後半にはインターネットや携帯電話が普及し、2007年以降はスマホ時代へと移行しました。現在ではEC、SNS、動画配信、サブスクなどを使いこなしながら生活をアップデートしている60代は、決して少なくありません。「シニアはデジタルが苦手」というイメージは、すでにステレオタイプな思い込みになりつつあります。
つまりABS世代とは、時代ごとに新しい生活者像を作り続けてきた世代なのです。
コホート視点なしに、令和の消費は見えてきません
前回のコラムで「HACモデル」をお伝えしましたが、シニアマーケティングで重要なのは、「年齢」だけではなく「コホート」を理解することです。つまり、“どんな時代を、どんな価値観の中で生きてきたか”という視点です。
ABS世代は、
- モノの普及
- 消費文化の成熟
- 自己表現消費
- ファミリー体験消費
- デジタル化
という、日本社会の大きな変化を、その都度自分たちのライフスタイルとして取り込んできました。だからこそ、単純な「シニアマーケティング」では捉えきれません。
彼らは“守り”だけでは動きません。むしろ、“自分らしく生きる提案”に強く反応します。ここを理解できるかどうかで、シニア市場の見え方は大きく変わってくると思います。
「生き延びる」から「人生を楽しむ」へ
さらにABS世代を理解する上で重要なのが、親世代の存在です。彼らの親は、戦争体験者でした。戦争の悲劇、命の大切さ、平和のありがたさ。そうした価値観を家庭の中で受け取りながら育ってきたのです。その反動として、ABS世代は「人生を楽しむこと」に強い意味を見出したのではないでしょうか。
そしてその価値観は、現在のミレニアル世代やZ世代にも形を変えて継承されているように感じます。
最近の若い世代に見られる、
- 昭和カルチャーへの関心
- 人とのつながり重視
- 共感や体験価値志向
の背景には、親世代であるABS世代から受け継いだ感性も少なからずあるはずです。
これから必要なのは「不安」ではなく「希望」の提案です
これまでのシニアビジネスは、
- 老後不安
- 健康不安
- 節約
- 守り
を前提に組み立てられてきました。しかし、不安は人を守りに入らせます。守りに入れば、消費は縮小していきます。いま必要なのは、「歳を重ねることは面白い」「人生は第二幕(後半)の方が自由だ」という希望の提案ではないでしょうか。
人生100年時代と言われる一方で、若い世代のみならず、今の日本人は長い人生のロールモデルを持てず、漠然とした不安を抱えています。だからこそABS世代は、単なるシニアではなく、“成熟世代”として、新しい生き方・ライフスタイルを実践する消費の在り方、消費者になれるはずです。
私はこれを「生きがい消費」と呼んでいます。
それは年齢や性別を超え、“自分らしく生きたい”という人間の根源的欲求に応える消費です。成熟社会のマーケティングは、単にモノを売ることではありません。
- どんな未来を提示するのか。
- どんな人生を肯定し、その人の物語に貢献するのか。
その思想そのものが、これからのブランド価値になっていくのだと私は思います。