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都市は“人に従う”ようになる──高輪ゲートウェイシティが示す、未来の小売の書き換え

都市の前提そのものが、静かに書き換わり始めている

先日、高輪ゲートウェイシティのグランドオープンを受けて、プレス内覧会に行きました。そこで歩いて感じたのは、単なる再開発ではなく、「都市の前提そのもの」が書き換わり始めているという感覚でした。

文化施設としてのMoN Takanawaが提示する“ひらかれた余白”と、JR東日本が構想する都市OS。この二つは一見異なるもののようでいて、実は同じ方向を向いています。どちらも、完成された機能を一方的に与えるのではなく、人の関わりや行動によって、街そのものの意味が更新されていく構造を示していたからです。

「完成された場所」から「使われることで更新される場所」へと変わる

MoN Takanawaを歩いて最初に感じるのは、その“未完成性”です。巨大でありながら、すべてを提示しきらない設計。むしろ回りきれないこと自体が、この場所の価値として組み込まれているように見えます。

従来の文化施設が「完成された展示を提供する場所」だったとすれば、ここは明らかに違います。展示、カフェ、ショップ、フリースペースが混在し、それぞれが明確な役割を持ちながらも、用途は固定されていません。

これまでのように、施設が坪効率を追い求めて設計されていた時代とは、大きく異なります。ここでは、あらかじめ完成された価値を提示するのではなく、使われながら変化していくこと自体が前提になっているのです。

場所は固定されたものではなく、人の関与によって変化する存在へと変わっていく。その起点が、この施設にはすでに実装されていて、これが新しいなと思いました。

「人を運ぶ都市」から「人を理解する都市」へと進化する

そして、高輪ゲートウェイシティにおいて、最も象徴的な変化は、駅の役割です。

これまで駅は、人を運ぶための通過点でした。しかしここでは、その役割が大きく変わろうとしています。鍵となるのが、Suicaの位置づけです。

Suicaはもはや単なる決済手段ではなく、その人の移動や行動履歴を蓄積するインターフェースとして機能し始めています。

それがJREポイントなどと連携することで、購買や行動の履歴が一体化され、その人の生活の文脈が見えてくる。

すると、都市の側が「その人にとって意味のある選択肢」を提示できるようになります。改札は単なるゲートではなく、街と人を接続する“起点”へと変わるのです。

ここで重要なのは、都市が「場所起点」から「人起点」に切り替わっている点です。

例えば、JREアプリにおいて、従来はプッシュ通知が「場所」に反応していたのに対し、この街では“その人”に反応する。

「この先には、あなたにお勧めしたい⚪︎⚪︎があります。」

つまり都市は、人を受け入れるだけでなく、人を理解し、その人に合わせて振る舞う存在へと進化しているのです。

「売るための箱」から「関係性を編む場」へと商業が再定義される

だから、商業の在り方もまた、大きく変わっていくわけです。高輪ゲートウェイシティでは、店舗は単体で完結するものではなく、街全体の体験の中に組み込まれています。OGAWA COFFEE LABORATORYのような空間は、その象徴です。

そこでは商品を売ることを盛んに宣伝するのではなく、営みや思想そのものが体験として提示されています。

特に印象的なのは、ここでも“売らない空間”の存在です。農業の循環を都市の中に持ち込んだボタニカルラボは、直接的な売上を生む場所ではありません。

しかしそこで得られる気づきや共感が、その人と街との関係性を深めていきます。そしてその関係性こそが、結果として商業の価値を底上げしていくのです。運営しているのがルミネということを考えれば、相当な覚悟がそこにみられます。

ここに、JR東日本の戦略が重なります。Suicaによって蓄積された顧客データと、テナントの提供する体験が紐づくことで、単なる店舗の集合ではなく、“その人に最適化された商業空間”が立ち上がる。つまり、箱を貸すのではなく、関係性を設計することで価値を生み出しているのです。

この発想は、大井町トラックスのような近隣拠点の展開とも連動しています。

街ごとに異なる特性を持たせ、その街ならではの体験と顧客データを結びつける。結果として、都市は均一化するのではなく、それぞれが異なる個性を持つようになっていくでしょう。商業は「売る場所」から、「関係性を編む場」へと進化しているのです。

「一度きりの消費」から「重なり続ける体験」へと都市の価値が移る

最終的に見えてくるのは、都市における時間の捉え方の変化です。

従来の都市は、「来て、買って、帰る」という一回性の体験で成立していました。しかし高輪ゲートウェイシティでは、その前提が崩れています。生活に密着した体験が街の中に組み込まれることで、人は何度もこの場所と接続し続けることになります。

MoN Takanawaの“余白”もまた、この構造と呼応しています。使い方が固定されていないからこそ、人が関わるたびに新しい意味が生まれる。つまり文化もまた、一回の鑑賞で終わるのではなく、関わり続けることで更新されていくのです。

このとき都市の価値は、単発の消費では測れなくなります。どれだけ長く、どれだけ深く関係が続くか。その蓄積こそが価値になります。未来の小売とは、「体験は消費されるものではなく、積み重なるものになる」ということなのかもしれません。

今日はこの辺で。

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理事

石郷 学

(株)team145 代表取締役

ファンシー雑貨の業界紙ライター出身、ネット通販向け商材の問屋で企画営業や商品開発にも携わる。自らの企画の持ち味を生かし、ECのミカタ編集長を担う。2019年(株)team145を設立。

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(株)team145 代表取締役

ファンシー雑貨の業界紙ライター出身、ネット通販向け商材の問屋で企画営業や商品開発にも携わる。自らの企画の持ち味を生かし、ECのミカタ編集長を担う。2019年(株)team145を設立。

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