「探す」から「出会う」へ──AIが変えるECモールの買い物体験
ECモールで買い物をする。これまでは、その言葉通り、利用者自身が商品を「探しに行く」ことから始まっていました。検索窓へキーワードを入力し、表示された商品の中から比較して選ぶ。楽天市場であれば店舗を巡り、Amazonであれば検索結果やレビューを見ながら、自分に合う商品を見つけていく。それがECにおける当たり前の顧客体験でした。
しかし、Amazonと楽天、それぞれが進めているAI活用を見ていると、この前提そのものが変わろうとしているように思います。Amazonが進めるAlexa for Shopping、楽天が構想するスーパーエージェントやAI店長。仕組みや企業としての強みは違います。それでも、目指している方向には共通点があります。
顧客側に蓄積されたデータと、商品や店舗側に蓄積されたデータをAIによって結び付け、一人ひとりに合わせて商品やサービスを提案する。つまりAI時代のモールは、「たくさんの商品から自分で探す場所」から、「自分に合ったものと自然に出会う場所」へ変わろうとしているのではないでしょうか。
検索窓の手前に、新しい買い物体験が生まれている
これまでECで商品を探すには、利用者が欲しいものをある程度言葉にできなければなりませんでした。「敏感肌向けの化粧水」「軽いオフィスチェア」と検索し、その結果から商品を選びます。
しかし実際の生活では、いつも欲しいものが明確なわけではありません。「最近、肌の調子が悪い」「在宅勤務で疲れにくい環境にしたい」といった、まだ商品名になっていない悩みから買い物が始まることもあります。
AmazonのAlexa for Shoppingが面白いのは、こうした検索窓へ入る前の曖昧な需要まで受け止めようとしている点です。会話をしながら条件を整理し、「では、こういう商品はどうでしょう」と提案する。利用者は、検索する言葉を自分で完成させなくてもよくなります。
一方、楽天のスーパーエージェントも、発想としては近いものがあります。旅行をしたいと伝えると、過去の利用履歴や家族構成などを踏まえてホテルを提案し、予定をカレンダーへ登録し、必要になりそうな商品まで提示する。入口は違っても、両者が変えようとしているのは検索結果ではありません。買い物が始まる場所そのものなのだと思います。
顧客データだけでは、新しい体験は生まれない
ここで重要になるのが、顧客を理解するためのデータです。
Amazonであれば検索履歴や購買履歴、広告への反応などがあり、楽天であれば楽天市場だけではなく、楽天トラベル、カード、銀行、モバイルなど、生活に関わる多くのサービスとの接点があります。AIは、それらを組み合わせることで、「この人は何を求めているのか」を以前より細かく推測できるようになります。
ただし、顧客のことだけ分かっても、良い提案はできません。
その人に何を勧めればいいのかを判断するためには、反対側にある「商品を理解するための情報」も必要だからです。
例えば同じバッグでも、軽さを求める人に向いているのか、革の質感を大事にする人に向いているのか。価格が高いのであれば、それは素材なのか、製法なのか、耐久性なのか。その違いが明確になって初めて、AIは「この人にはこちらの商品が合いそうだ」と判断できます。
つまりAI時代のECで重要になるのは、顧客データを増やすことだけではありません。顧客を理解する情報と、商品を理解する情報の両方を深くすることなのです。
「最大公約数」の外側に、新しい顧客を見つける
そして同時に、もう一つ言えるのは、これまでのように多くの利用者を対象に「最大公約数」を取りにいくだけではなく、その外側にいる新しい顧客を見つけることが、これまで以上に重要になるということです。
商品がある程度定着すると、既存顧客との関係を深めることで効率は上がり、事業も安定します。それ自体はもちろん重要です。ただ、AIによって顧客と商品の引き合わせの精度が上がるほど、すでに相性の良い顧客だけに最適化されていく可能性もあります。
だからこそ、その外側を見る必要があります。
最大公約数だけが、必ずしも答えではなくなってきているからです。
例えばAmazonのAlexa for Shoppingや楽天のAI店長のように、対話を通じて利用者の状況や悩みを深く理解できるようになれば、これまで検索キーワードや購買履歴だけでは見えてこなかった、新しい顧客像が浮かび上がってくる可能性があります。
そうした顧客に対しては、従来の顧客より短期的なROASが悪くなることもあるでしょう。それでも、自分たちの商品と相性があると考えられるなら、ある程度投資をして接点をつくり、関係を築いていく意味があります。
モールの役割は「品揃え」から「引き合わせ」へ変わる
そのためにも、事業者側は「高品質です」「おすすめです」といった抽象的な言葉だけでは足りません。近い商品と何が違うのか。誰に向いているのか。その価格にはどんな理由があるのか。商品の立ち位置を、より具体的に伝える必要があります。
そこで価値を持つのが、その店ならではの専門知識や「うんちく」、なぜその商品を勧めるのかという背景です。
これは面白い変化です。AIが進化するほど、人間が書く情報が不要になるのではありません。むしろ逆で、人間側が持っている知識や経験を、これまで以上に丁寧に残す必要が出てきます。
顧客のことを深く知る。そして、商品のことも深く知る。その双方をAIがつなぐことで、「この人には、この商品の、この価値が合う」というところまで、モール側が踏み込めるようになります。
Amazonと楽天では、持っているデータも、そこへ至るアプローチも違います。それでも両者とも、膨大な選択肢を並べるだけのモールから、人と商品をより深く引き合わせるモールへ進もうとしているように見えます。ECモールにおける競争力も、商品数やポイント、価格だけでは語れない時代へ入っていくのでしょう。
今日はこの辺で。