SNS発信における「寄り添い」と「個性」の難しさ
企業SNSの支援をしていると、ほぼすべてのアカウントが同じ壁にぶつかることに気づきます。それは「何を発信するか」という、一見シンプルで、実はいちばん難しい問題です。
SNS運用のセオリーとして、まず言われるのは「ユーザーの悩みに寄り添いましょう」です。たとえば干し芋を売っている会社なら、「開封後の正しい保存方法」「固くなった干し芋をおいしく戻す方法」「干し芋の白い粉の正体」。こうした投稿は確かに正しい。検索にも強く、保存もされやすく、誰も傷つけません。
しかし、しばらく運用していると、担当者は薄々気づき始めます。
この投稿、うちじゃなくてもよくない?
寄り添うほど、「誰でもいい存在」になる
悩み解決型のコンテンツには、構造的な弱点があります。それは、正解が一つしかないことです。
干し芋の保存方法の正解は、どの会社が発信しても同じです。競合他社も同じ投稿ができるし、実際にしています。さらに言えば、いまはユーザーがAIに聞けば一瞬で答えが出ます。そして最大の問題は、悩みが解決した瞬間、ユーザーとの関係が終わることです。「役に立った」とは思ってもらえる。保存もされる。でも、投稿は保存されても、発信者は記憶されません。フォローする理由がないのです。
個性を出すほど、「誰にも関係ない存在」になる
では逆に、と考えて「人」を前に出すと、今度は別の壁にぶつかります。
社長の想い、スタッフの日常、創業のストーリー。差別化を狙って個性を出した投稿は、たいてい伸びません。冷静に考えれば当然で、ユーザーは知らない会社の知らない人に、もともと興味がないからです。
芸能人の「今日のランチ」が何万いいねも集めるのは、ランチに価値があるからではなく、先に「その人を知っている」からです。認知が先、日常は後。この順番を逆にして、無名の状態から日常や想いを発信しても、ユーザーには受け取る理由がありません。
つまり、SNS発信はこういうトレードオフを抱えています。
ユーザーの悩みに寄り添うほど、誰でも発信できる内容になる。人物の個性を出そうとするほど、ユーザーに興味を持たれない。役に立てば埋もれ、自分を出せば無視される。多くの企業アカウントが更新に疲れていく理由は、だいたいここにあると思っています。
AIの台本がつまらないのは、AIのせいではない
この構造は、いま流行りの「AIにSNSの投稿を作らせる」がうまくいかない理由も説明してくれます。AIにコンテンツの制作を頼むと、たいてい一般論の優等生的な台本が出てきます。正しいけど、面白くない。まさに「誰でも発信できる内容」の権化です。だから「SNSの台本作成はAIに向いていない」と結論づけたくなります。
ところが先日、この結論を揺さぶる出来事がありました。エイベックスの松浦勝人会長が、noteで始めた連載「松浦勝人の人生論」を「ほぼAIで作った」と明かしたのです。自身の60年分のデータをAIに入れ、本人がやったのは「パスワードを入力したことくらい」。それで開始1週間、4本の記事で5万スキ超えという結果を出しています。
https://x.com/maxmatsuuratwit/status/2090215320921460852?s=20

もちろんこのバズには「松浦勝人」会長という強いブランドが作用しているのですが、同じ「AI製コンテンツ」なのに、内容が面白く、バズにも納得がいく中身でした。この差はなぜ生まれるのでしょうか。
差はAIの性能ではなく、インプットです。松浦会長の場合、音楽業界の栄光も修羅場も含んだ60年分の経験それ自体が面白い。尖った一次情報を学習させれば、AIはそれを増幅してくれます。逆に、インプットが空っぽのまま「バズる台本を書いて」と頼めば、AIは世の中の平均値を返すしかありません。つまらないのはAIではなく、渡しているインプットなのです。
まとめ
「寄り添い」と「個性」は、対立する二択ではなく、入口と理由という別々の仕事を担っています。そしてAI時代にこのトレードオフを乗り越える鍵は、AIのポン出しに頼ることではなく、AIに渡せる自社だけのインプットを増やしていくことです。
目的に一直線の情報だけでは、平均値しか出てきません。仕事の寄り道、現場のハプニング、恥ずかしい失敗談。一見無駄に見えるそれらの記録こそが、「うちにしか出せない発信」の原材料になります。企業として日々の寄り道や失敗を面白がって溜めておけるかどうか。そして、コンサルタントとしてクライアントと関わる際、そういった「恥ずかしいこと」をちゃんと教えて貰えるか。
AIが正解を量産する時代に差がつくのは、案外そういう人間臭い部分なのではないかと思います。