生成AIがあふれるインターネット
なんとなく最近 WEB 記事やメルマガで面白いと思われるものになかなか出会えなくなってきていません?
特長としては、【その〇〇絶対やめて!】【まだ△△やってる人は今すぐ注目】という危機感を煽ろうとする定型サムネイル(中身を読むと危機感を感じる内容はどこにもない)、やたらと箇条書きでまとめてくる文体(各箇条は同じことを別の言い回しにしているだけで、要素は同じだったり)、そして、” ** “ の符節がちらほら見える文章。
もっと追加すると、文章全体の約 9 割が前置きで最後の数行だけが主題に関する記載(実家のカルピスもびっくりするほどの希釈)、温かみのあるイエローベースな挿絵(絵は良いけれど、漢字はところどころおかしい)。
ここまでの条件がそろっていれば、生成 AI が書いていることが透けて見えますね。いや” ** “の符節が残ったままの場合なんかは透けてもいないですね。こういったコンテンツが日々量産され、インターネットの藻屑として生まれては消え生まれては消えを繰り返しているように感じられます。
EC業界で進む生成AIの活用
文章はもちろん読みやすく、てにをはの破綻もない優等生の文章ですが、実際のところ、もうこのタイプの記事には皆さん食傷気味ではないですか?なんなら多少文章のがたつきがあったりミスタイプがあったとしても、のっけから主題に関する記載がドカドカ書かれている方が安心できるようになっていないでしょうか。
最近各 EC ショップの運営担当と話をすると、商品説明文や広告クリエイティブの制作は AI に任せているという声をよく聞きます。なんなら会社全体として AI ができることは AI に任せるぞ!という方針の結果、こういった文章を人間が書いてはいけないという決定になった企業もあるようです。
他にも顧客対応のチャットボットの導入、商品画像の生成、LP のアイデア出しから決定まですべて AI を利用したサードパーティーのサービスを利用するという EC ショップも珍しくなくなってきました。
働き方改革や人材不足を補う方法として、こういった生成 AI のサービスを利用することは有意義ですし、人間によるうっかりデータ流出や記載ミスが防げるのですから、たどるべき方向性としては間違っていないと思います。
一方で、その副作用とも言える現象が起き始めている、という話が今日のテーマです。
「誰が売っているのか」が見えなくなる
皆さんも買い物をしながら「どの EC サイトも似て見える」「どこのパッケージも似て見える」とうっすら感じられてきていないでしょうか。
整ったトンマナ、分かりやすい商品説明、美しい画像、ちょっと迷うと現れるチャット窓。少し前なら「大手代理店が入っているのかな」と高く評価されたであろうサイトも、その後、類似商品比較のために複数サイトを見比べていると段々と違和感を覚え始めてくるのです。
その違和感はどこから来るのか。多分、「誰が売っているのか」が見えなくなってしまったからではないでしょうか。
生成 AI は平均点の高いコンテンツを大量に生み出すことは得意ですが、逆に言えば、強い個性や癖、熱量までは再現しづらいですし、それらを排除してスマートなものを作り上げるようなプロンプトにしていることも多いのでは。結果として、EC サイト全体が均質化し、「減点はされないが記憶にも残らない」状態に近づいている気がします。
「人間らしさ」が差別化になる時代
それだからでしょうか。最近、あえてスマートフォンで撮影したラフな動画を商品紹介や広告に使うショップも増えています。完璧に作り込まれた広告よりも、人間が商品の魅力を語る短い動画の方が反応を得やすいということなのでしょうか。だとすると既にもう「きれいなコンテンツ」への反動として「人間らしさ」が評価され始めているのかもしれません。ヒトの飽きへのスピードは速すぎですね。
これは TikTok や Instagram など、短尺動画が主流となってきていることからもいえると思います。消費者が見ているのは完成された商品紹介ではなく、販売者の人柄やリアリティなどであり、それが差別化の大きなキーになっているように思われます。
AI時代に求められる競争力とは
かつて美しい商品ページやグラフィカルな UI は、それ自体が競争力でした。EC 向けセミナーといえば洗練された写真の撮影方法やトリミング方法、またはカッコいい WEB デザインのイロハを伝授するものが多かったと思います。しかし生成 AI によって、すべて短時間かつ低コストで量産可能になりました。つまり「きれいなコンテンツ」は差別化要因ではなくなりつつあり、そういったムードを敏感にとらえた若者は、さっさとショート動画にシフトしてしまっているのかと思います。
この1~2年で生成 AI は一気にもてはやされ、ものすごいスピードで一般化しました。その結果として、溢れる情報はすべて希釈化されてしまい、逆にぬかみそ臭いと切り棄てられていた「人間らしさ」を求めるスピードが高速で追いかけてきています。
EC 業界はこれまで、「いかに効率化するか」を追求してきましたし、その流れ自体は今後も続くことは明白ですので、AI による自動化は今後もっと追及されるでしょう。ただし、その先で重要になるのは、「AI をどれだけ使っているか」ではなく、「AI 時代に何を人間が担うのか」のようです。
皮肉なことに、AI 技術が成熟するほど、「人間らしさ」が競争力になり始めています。生成 AI は EC のコンテンツのレベルを上げ、均質化させることに成功しつつあります。が、その結果として、消費者は再び“人”に回帰し始めているのかもしれないなぁと濃い目に割った贅沢なカルピスを飲みながら考える今日この頃です。