改めてシルバー世代を考える
日本の個人資産の総計は約1700兆円と言われています。仮におおよその成人人口=1億人で割り算すれば1人当たり1600万円ということになります。3人家族で5100万円という計算です。もちろん個人資産の中には「持ち家」という不動産も含まれますので、流動資産(=現金を含む、すぐに引き出せる金額とお考え下さい)がどの程度になるかは分かりませんが、いずれにしても凄い金額だと思います。
そして個人資産の6割とも8割ともいわれる金額を、シルバー世代が所有していると言われています。その年齢の線引きも、「60歳以上が」や「65歳以上が」という様に諸説が入り混じっていて明確ではありませんが、お金を持っているのは「ジジババ世代」ということは間違いがない様です。
様々な職場に「パソコン」という機械がほぼ普及したと言えるのは20年ぐらい前になるでしょうか。それまでは電卓とワープロで事務を行い、通信手段は電話とFAXというのが一般的でした。笹本の記憶では10人の事務所にPCが3台あって1台は経理専用、もう1台は営業補助の女性が売上などを入力するのに使っていて、残る1台を営業担当者がロータス123(エクセルとほぼ一緒)や一太郎(ワードとほぼ一緒)を使って見積書などを作っていた という様な風景が一般的でした。
余裕のある会社は1人1台Windowsという所もありましたが、かなり恵まれたレアな職場であったかと思います。本支店間はメールで、社外へはFAXでというのが通例でしたが、当時の管理職世代は突然職場に導入されたパソコンに抵抗もあったのでしょうか、パソコンを積極的に使う人は少数派だった様な気がします。いずれにしても「パソコン」は「部下」が使う事務機器であり、管理職は「部下」が作った紙の資料を見るという構図であったかと思います。
65歳であれば、20年前=45歳なので「ギリギリ」でパソコンに「抵抗のない世代」と言えるかも知れませんが、70歳となると「かなり抵抗がある世代」と言えるのではないでしょうか。つまり現在は日本のお金持ちの大部分が「パソコンに抵抗がある人」なのです。この様な背景もあってか、今まではシルバー世代にフォーカスしたECサイトの成功事例はほとんど無かったと思います。というよりは最初から顧客対象としていなかったと言った方が良いかも知れません。またそれは正しい判断だったと思います。
しかし、あと5年経てば65歳の人が70歳になります。シルバー世代をECに取り込める環境が少しづつ整ってきたのではないでしょうか。シルバー世代もPCに比べればスマホ/タブレットとの親和性は高く、最近では成功事例と言えそうなECの取り組みも出始めています。
昨年JECCICAの講演にも来て頂きましたが、例えば(有)マミオンさんは「シニア」(笹本はシニアとシルバーを敢えて分けて使っていますが・・・。)向けのパソコン教室を展開しながら受講生のシニア世代の方が、「どこで」つまずき「何が」分からないのか?というシニア視点でのモニタリングサービスなどを始めています。
私の母の数年前の実話ですが、70代半ばの私の母は定年まで税務関係の公務員だったこともあってキーボードを使うことは全く苦にしません。私がEC関係の仕事をしていることもあり、母の友人の間ではパソコンに詳しい人という扱いになっています。友人5人と旅行に行くこととなった際、母が代表でネットを使って「素敵な旅館を探す」ということになり、我が家のパソコンを使っていろいろと検索をしていました。
しばらくして気に入った旅館が見つかり、予約画面=カートの中に入り名前やメールアドレスを入力し、住所を入力しようとしていた段階で、母は入力作業を中断して30秒ほど画面を見ていたのですが、突然ブラウザを消して「いい所なのに残念ね~。ウチ埼玉で東京じゃないのよね~。」とつぶやいたのです。
ユーザー視点でのカゴ落ちの瞬間を見たのはこれが初めてです。
母が予約を中断した理由を聞いたところ、住所入力欄の「都道府県」部分がプルダウン選択になっていて初期値の「東京都」が表示されていたのですが、母は「▼」の意味が「分からなかった」ため予約を止めたということでした。
もしもこの旅館の予約画面の「▼」印の横に、「▼ボタンを押すと都道府県が選択できます」と書いてあったらこの旅館は予約を獲得できたでしょう。または住所入力欄が「完全に空欄」で構成されていたら、ごく普通に「埼玉県」から住所を入力して予約を完了していたはずです。電話番号はカート内に記載されていたのですが、祝日だったこともあって母は電話が通じないと思った様です。祝日に休む旅館はほとんど存在しないと思いますが、平日の昼間しか営業していないと思ったのでしょう。これも「ご予約の電話は〇時まで受けます」などの、「あと一歩のケア表記」があれば電話で予約をしていたかも知れません。
確か5人分の宿泊料の合計は15万円を超えていたと記憶していますが、旅館から見てもう少しのケアがあればこの売上を取り逃がすことはなかったはずです。改めて申し上げたいのは、母は自分でブラウザを立ち上げ、キーワードを入力して自分で検索を行い、その旅館のサイトにたどり着いたユーザーであるということです。70代半ばのユーザーとしてはかなり優秀な方に属するかと思います。この様なシルバーユーザーを取り込めていないのはECプレイヤー側の配慮がまだまだ足りないからだと思います。
どうすればシルバー世代の方々にもっとECを使って頂くことができるのでしょうか。
重いものを持って帰ることが大変になりつつある世代であり、社会的環境に目を向ければ運転免許返上などもあります。買い物に「出かけられる」頻度が減っていることもあって「通販」を「必要とする」世代なのです。加えて、子育てや住宅ローンの返済も終わり、仕事からも解放されて、そして個人金融資産の大部分を持っているというわけですから時間と金銭的余裕をもつ「超がつく上客」であることは間違いありません。
いまだ正解がない状態ではあるのですが、仮設としてシルバー世代をターゲットとする際のいくつかの「手がかり」を挙げたいと思います。
これも以前JECCICAのセミナーでご講演頂いたカメラのキタムラさんでは、「店頭で」お客様のスマホに写真プリントの注文アプリをインストール「してあげて」「店頭で」店員さんがネット上から写真プリントを注文する方法を「手取り足取り」教えてあげています。全ての店舗のスタッフがアプリの使い方について熟知するところまでの研修も行っているとのことでした。
その結果、シルバー世代の方々でも「ネット経由で」注文して頂いているそうですが、「あら、お店まで来なくても注文できるなんて便利ね~」というコメントもあるとのこと。この例のごとく【 リアル経由でのネット 】というスキームは一つのヒントになるのではないでしょうか。
同時にこのコメントは様々なことを暗喩していると思います。
まず、シルバー世代の方々を“感動”させること自体がかなり大変なことなのではないでしょうか。嬉しいコトも悲しいコトも辛いコトも、人生に起こる「ほとんどのコト」を一通り体験してしまった方々であり、乗り越えて来た方々です。目が肥えた舌が肥えた人生の達人に「褒められるレベル」まで【 練り上げられた 】商品やサービスであることは必須条件の一つになるかと思います。
静かに「美味しいね」と言うことはあっても「超ウマイ~!!!」と叫びながら友達までに強く勧める様なことはほとんどないかと思います。もちろんこの世代の方々に対するマーケティングがSNS経由で爆発的に伸びるということもまずないでしょう。
一方で【 リアルの口コミ 】のCVRはかなり高いかと思っています。上記の例で言えば、ご近所の方と一緒に「孫の話」から始まって「孫の写真」の話になり、「携帯で簡単にアルバムが注文できるのよ」という様なシチュエーションになれば、これを聞いた友人3人中2人ぐらいはカメラのキタムラさんのお客になってしまうかも知れません。
つまりマーケティングに関して言えば、【 長期戦 】であることは間違いなく、すこしづつ【 ロイヤリティーの高いリピーター 】を増やす形で、成長カーブはなだらかな1次直線を描く形が望ましいのではと思っています。
シルバー世代の方々は気に入ったお店には長年通いつづけ、気に入ったモノは長年使い続けるという傾向が強いお客様です。カメラのキタムラさんのアプリを入れたシルバー世代のお客様は、ネットリテラシーの問題もあって「もっと安い、他のお店」などを探すこと自体、ほとんどしないのではないでしょうか。一度気に入って頂ければ長年に渡ってリピートして頂けるお客様であるとすれば、強烈に高いLTVを見込めるということになります。
「録画の仕方が分からなくても駆けつけてくれる電気屋さん」がシルバー世帯をターゲットに業績を伸ばしている事例などは有名ですが、LTVを考慮すれば(寿命の問題はありますが・・・それはさておき)【 かなり負荷がかかるコトをしても 採算は取れる 】これも重要なキーワードの一つになるかと思います。
私の母は、最近は重い食材を載せて自転車に乗るのは怖いと言っています。週1回の生協のトラックが我が家に「ほとんど」の食材を届けてくれます。お隣さんが荷物を預かってくれるので不在再配達はありません。たまに傷んでいる食材が混じっていたりするのですが、「いつもの顔なじみの」生協のドライバーに“笑顔で”「この前のリンゴ傷んでたわよ」と言うだけです。ドライバーさんは「スミマセン 代金はお返ししますね。」と言って、クレーム対応は5秒かからず完了。商品代金は銀行口座から自動引き落とし。ラストワンマイル問題もリアル宅配の巨頭=生協には関係なさそうです。
シルバー世代を見ていると、ECはホントまだまだですね。「▼」
JECCICA客員講師 笹本 克
全国各地で有名ネットショップを輩出。 自治体・関連団体にもEC関連の講演や講師を務める。 DeNA社やYahoo!Japanショッピング事業部スタッフへのレクチャーや、ドリームゲートの起業講座の他、上場企業から中小企業までコンサルサイトの累計は約600社、多岐にわたる業種でのコンサルティング実績も豊富。