「伝える」と「伝わる」のあいだにVol.18 「サクサク便利」は私たちの味方なのか

「一瞬で」に慣れた私たち
このたび新しいMacbook Airを購入したら「開くと同時に電源が入る方式」になったんですよ。世の中ではそれがとっくに当たり前なのかもしれないけど、前にPCを買ったのが2014年だから私は結構びっくりしました。パソコンを初めて触ってからこっち、ずっと電源ボタンがあるのが当たり前でしたから。

電源が不要。そうなるとステップが一個減るので、次の動作へ移るのが早くなりますよね。なので私は新しいPCを開いたと同時にほとんど無意識で、真横にあるスマホを手にとって開きました。すぐにPCも立ち上がるというのに。

その時ふと思ったんですよ。「私、せわしないな」と。

今は「自分の手で何かする」というステップがどんどん減らされて、何事も瞬時に次へと移れるようになりました。あらゆるパスワードもスマホが記憶してるからいちいち打ち込む必要がない。指紋や顔認証ならさらに早い。お金を財布から出して小銭を数える必要もなく一瞬で会計が終わる。自分では何もしなくていい。

その早さとスムーズさに慣れてしまうと、いつの間にか色んなことが待てなくなります。何かをやりながら、別の何かを同時に始めようとする。すべては「ながら○○」になる。ゆっくり動くものや、なかなか変わらないものへの耐性がどんどんなくなってくる。

自分でわざわざ動いて何かすることがどんどん億劫になるのと同時に、常に「あれやらなきゃ」と思うようになる。それがまた、思ったそばからすぐできちゃう。
やっぱり何ともせわしないですよね…私たちの暮らし。

エスカレーターの行列
階段とエスカレーターが併設されている駅では「階段はがら空き、エスカレーターには行列」という光景をよく見かけます。けっこうな長蛇の列でも皆エスカレーターを選ぶ。私は「こっちならサッサと上にあがれるのになー」と思いながら、階段を使ってます。

以前は「体がしんどいからだろう」と思っていたけど、元気そうな若者も多い。忙しいはずの現代人たちが根気強く列に並んでいる。はて？と思ってよく見ると、かなりの人がスマホを見ていて「ああ、足で昇らずに済むのと同時にスマホを見る時間が確保できるからか！」と合点がいきました。（違っていたらすみません…）

ただ、その姿を見ているとどうしても思ってしまうのです。
便利が加速して解決が瞬時になるほど、いろいろな能力や情緒がゆっくり退化していくんじゃないか…と。

人の心までが退化していく、とは思いません。こんな現代だって人は空が美しいことに気づいたら立ち止まってそれを撮るのです。
でも「のんびり待つ」「周囲の様子に目を配る」「指先で繊細な作業をする」「番号やパスワードを覚えておく」「何も手がかりがない時に自分の足でどうにかする」みたいなことは、少しずつ衰えていくような気がします。この衰えの積み重ね、加齢とともに影響が出てくるのでは…と勝手に心配しています。

楽になってもヒマにはならない
さらに「便利な世の中になって機械やAIがあれもこれもやってくれるのに、人類は全く暇になっていない。それどころか余計忙しくなっている」というのはよく言われることですが、まさにそうですよね。

誰かがTwitter（意地でもXとは呼ばない）で書いてたことを思い出します。その方のお父上曰く「昔、会社というのはもっとヒマだった。『取引先に書類を渡す』といえば文字通り足で届けに行ったからそれだけで半日つぶれた。でも今は一瞬で終わるから仕事が詰め込まれる。今どきの会社員は大変だろう」と。

時間が空くとそこに新たな作業を入れてしまう。一度に何個もの作業が同時にできてしまう。そうして私たちは落ち着きも集中力も失うと同時に、どんどん時間に追われてゆく。

技術の進歩で、今まで困っていた人たちが快適にスムーズに暮らせるようになるのは大事なことです。
でも、一応階段をのぼれる脚力があったり、まだ記憶力が衰え切ってはいない私たちは、そんなに技術に身をゆだね切っちゃっていいんですかね…？

くまのプーさんの提唱する「なんにもしないをする」こと。余白を作ること。面倒でも己の肉体をちゃんと使うこと。それらをかなり意識的にやっていこう…と思ったのでした。

私もそうだけど、まずは反射的にスマホを手にとるのをやめてみませんか。いったんフウーーッと深呼吸して落ち着きましょう。なかなか難しいけど。