昨年から今年にかけて、SNS 発でロングセラー級のヒットになったコスメがあります。セザンヌの「トーンフィルターハイライト」、通称「ババァの粉」です。

https://lipscosme.com/posts/8162053
きっかけは、企業の広告ではありません。ある TikTok 投稿が「ババァども、これ買いな」という強烈な呼びかけとともにこの商品を紹介したところ、それが同世代の女性たちに刺さり、Threads を中心に「ババァの粉、本当にすごい」「ババァの粉買えた」という投稿が連鎖。全国的な品切れが続く事態になりました。693 円のプチプラコスメが、です。
ここで注目したいのは、セザンヌ自身は一度も「年齢肌向け」と言っていないことです。
企業が言えないことを、ユーザーが言ってくれた
考えてみてほしいのですが、もしセザンヌが自ら「40 代・50 代のくすみをカバーする粉です」と広告を打っていたら、どうなっていたでしょうか。
おそらく、よくあるエイジングケア訴求の一つとして流れていったはずです。それどころか、「ババァの粉」というネーミングを企業側が使うことは絶対にできません。自社のお客様を「ババァ」と呼ぶ広告など、企画会議を一秒も通過しないでしょう。
しかし、ユーザーが自分たちのことを自嘲気味に、そして愛着を込めて「ババァの粉」と呼ぶ分には、話がまったく変わります。そこには広告のうさん臭さがなく、「同世代の本音」という何よりの信頼性があります。しかも、この呼び名自体に「私たち世代にちょうどいい」という商品説明が織り込まれている。企業がどれだけ広告費をかけても買えない伝わり方が、ユーザーの言葉によって成立したのです。
つまりこの現象は、「言いたいこと(この粉は大人の肌にいい)」を企業が言わず、ユーザーが自分の言葉で言った結果のヒットだと言えます。
小説家は「言いたいこと」を書かない
先日、作家の朝井リョウさんが出演した YouTube 番組「FUTURECARD」を観て、この構造とまったく同じ話がされていることに驚きました。テーマはずばり「『言いたいこと』ほど伝わらない」です。

https://www.youtube.com/watch?v=KrVJQ6RKn-o
小説家というのは、伝えたいことがあるからこそ書く仕事のはずです。しかし朝井さんの話から見えてくるのは、「言いたいことをそのまま言葉にしても、人には届かない」という逆説です。だからこそ、物語という一見遠回りな器に載せる。読者は登場人物の人生を追いかけるうちに、作者が直接は書いていない「何か」に自分で気づく。自分でたどり着いたものだからこそ、それは深く残る。
これは、広告に置き換えるとこうなります。
× 企業が「この商品はすごい」と言う = 言いたいことをそのまま言う。
○ ユーザーが「これ、すごくない?」と言う = 相手が自分でたどり着く。
前者は広告として処理され、後者は発見として広がります。人は「言われたこと」には身構えますが、「自分で見つけたこと」は誰かに話したくなるのです。
企業 SNS は「言いたいことを我慢する」設計へ
とはいえ、「ババァの粉を狙って作りましょう」という話ではありません。ああいうバズは基本的に再現できませんし、企業が後追いで「ババァの粉と呼ばれています!」と乗っかった瞬間、あの熱は冷めます。実際、この手の現象は企業が沈黙に近い距離感を保っているからこそ成立しています。
企業側にできるのは、「ユーザーが言いたくなる隙」を設計しておくことです。
結論まで言い切らない。「この栗は最高です」ではなく、栽培の現場や数字だけを見せて、「これ絶対うまいやつだ」と相手に言わせる。
商品の弱点や癖を隠さない。ツッコミどころは、ユーザーが「言いたくなる」最大の入口です。
お客様の言葉を、企業の言葉より前に置く。レビューや UGC を一次コンテンツとして扱う。
私たちが支援している EC の現場でも、商品説明を「言い切る」ページより、お客様の声から始まるページの方が CVR が高いケースは珍しくありません。人は企業の結論ではなく、他人の実感を信じるからです。
まとめ
言いたいことがあるなら、それを一番言ってはいけないのは自分自身。小説家が物語に言いたいことを隠すように、企業も「伝えたい結論」を投稿の外側に隠し、ユーザーが自分の言葉で語れる余白を残す。
「ババァの粉」は、企業が言えないことをユーザーが言ってくれた事例でした。これからの企業 SNS に必要なのは、うまく言う力よりも、言いたいことを飲み込んで、相手の口から出てくるのを待つ我慢強さなのかもしれません。