こんにちは!並みいるスペシャリストのコラムの中で EC にほとんど関係がない話ばかりを書き綴る近藤です。今回は少し前の「男性俳優 S が女性俳優 H にパワハラ・セクハラをした」と週刊誌が報じた騒動のお話です。
ゴシップで盛り上がるつもりは毛頭ありません。男性俳優 S(以下 S 氏)が世間に対して「伝えたこと」と「実際に伝わったこと」について書こうと思います。このコラムのタイトルに則してるし!
業界内または組織・団体内でそれなりの経験と地位を得ている読者の皆さん(特に男性)はよくよく気をつけた方がいいかも…というお話でもあります。
S 氏が繰り返し「伝えたこと」
2 人とも人気俳優とはいえ、S 氏は男性でキャリアも長く年齢もかなり上。権力とまではいかないにしても業界内で「ハバがきく」のはどちらかと言ったら間違いなく S 氏ですよね。勾配がある。それが前提です。
今回の騒動、女性俳優 H(以下 H 氏)の身体接触の NG 項目や触った触らない云々より、S 氏が H 氏の楽屋に押しかけて懇々と説諭し、挙句「俳優を辞めた方がいいんじゃないか」と言ったことが肝要です。
報道後しばらく、S 氏は自身の X のアカウントで「納得がいかない」「しんどい」などポストし続けていました。報道の前にも匂わせのような(H 氏のことを腐すような)ポストもありました。さらには思いのたけを別の週刊誌にぶちまけてもいます。とにかくずーっと喋り続けているのです。
一方の H 氏は沈黙を貫いています。片方(食らわせた方・立場の強い方)は喋り続け、もう片方(食らった方・立場の弱い方)は黙り続けている。不均衡ですね。
黙してしんどさを耐えるべきとは思いません。でも彼はあまりに一方的に「自分は悪くない」ということを世間に伝えすぎています。
彼の言う「芝居の神様」は確かに尊いかもしれない。でもそれは全員が崇めるべきものではない。彼女の方にも大事にしている魂や指針がある。
そこに齟齬が生じたからといって「辞めたら」と言い、さらに自論だけを公に発信し続けるのは、ある種の暴力性があると思います。
「話せば分かる」と思ったのかもしれないけど、対話というのは「お互いがお互いの話とスタンスを尊重して聞き合う」ことであり、「自分の思いを一方的に理解してもらう」ことではありません。喋れば喋るほど、却ってパワハラっぽさを漂わせてしまうことになります。
年かさでキャリアと地位のある人(特に男性)がまくし立てること自体、かなりの「圧」です。自分では対等な対話だと思っていても相手は意見も言いづらいし、受け取られる重みも違います。もし「俺は言ったから君も言え、受けて立つ!」という姿勢だったとしても、勾配の上側に立つ人間がよほど上手く場を作らない限りそんなのは無理筋なのですよね…。
世間に広く「伝わったこと」
ネットの反応を見ていると、S 氏が饒舌に語ったことはある意味、強力な犬笛(特定の層に響くメッセージ)になり、H 氏は苛烈なバッシングにさらされました。
彼女を叩き始めた人たちは驚くほど似通っています。S 氏を応援してきたファンではありません。日頃からミソジニー(女性嫌悪)をあらわにしている層です。H 氏が以前から政治やジェンダー問題にきっぱりとした意見を述べていることを苦々しく思っていた人々も飛びつきました。
S 氏が思いのたけを伝えれば伝えるほど、「物申してくる面倒くさい女」「コンプラに厳しい人間」が気に食わない人たちに担がれるようになりました。そういう層の旗印になってしまうのは、人気稼業としてまあまあマイナスではないでしょうか。
年かさで地位のある男性が(管理や指導をすべき場面ではないのに)一方的に説諭し伝えすぎることは圧になる、と先ほど言いましたが、さらにそれが周囲に伝わってしまうと、想像以上に強いメッセージとして広がります。そのメッセージに共鳴する層に勝手に担がれ、彼らが先兵となり相手を攻撃し始めたりするのです。
または、そのメッセージに違和感を覚える層に発見され、過去の言動もそこに紐づけられ、“パワハラおじ”として認定されてしまうかもしれません(今回の S 氏の現在地はそれに近いかも)。
長々と述べたことをひとことで言ってしまうと「あなたにその気がなかったとしても、影響力ありすぎだから気をつけて」ということです。
やりづらい世の中だから気をつけようという意味ではありません。「自分の圧や加害性を自覚しよう」という話です。
年齢とキャリアを重ね、たくさんの経験を積んで自信や信条を持つのは素晴らしいこと。でも己の言動の持つパワーに無自覚だと「なんか知らんけど泣かせちゃった」「気づいたら部下に避けられてた」ということにもなりかねません。
「最近の若いやつは(またはオンナは)弱っちいな」なんてぼやく前に、振り返るのはまず自分の圧と、無意識に放つメッセージ。無理に好かれる必要はないけど、いくつになっても「話が通じるひと」「穏やかに対話ができるひと」だと思ってもらえる方が、いいですよね。