「伝える」と「伝わる」のあいだに Vol.15 「できない」と決めない世界へ。
★求む、60歳以上
岐阜県中津川市にある加藤製作所は板金部品の総合加工メーカーです。ここは高齢者採用のパイオニアとも言われ、何年も前から様々なメディアに取り上げられているのでご存知の方も多いかもしれません。私は昨年たまたま観ていたTVでこの会社のことを知りました。
コストが厳しい中で利益を上げるためには土日も工場を稼働させたい。とはいえ平日働く社員を休日出勤させるのは無理。そもそも人手不足、少子高齢化の波は地方ほど深刻で、加藤製作所も若手人材の確保は困難を極めていました。
そこで思いついたのが高齢者の雇用です。地元に配られたチラシには、ほっかむりに背負いかごの高齢女性が笑っています。その下にはこんな募集文言が。
意欲のある人求めます。男女問わず。
ただし年齢制限あり。60歳以上の方。
年齢制限が「○歳以下」ではなく「以上」なの初めて見た!そして大きく書かれたメインコピーがふるっています。
土曜・日曜は、わしらのウイークデイ。
確かにーーー!
なんて粋でわくわくする広告でしょう。このチラシは話題になり、実際に100人以上の応募があったそう。こうして2002年から休日は高齢者の方々が中心で工場を稼働していく試みがスタート。工場は休みなくフル稼働、社員はきっちり休みを取れ、働きたい高齢者は年金が満額出る範囲内でしっかり働くことができ、まさに三方よし。現在では従業員の半数が高齢者とのことです。
これらのことは会社HPにも数々の取材記事にも書いてあります。ここまでで「高齢者採用はかくありたい」と締めている記事がほとんどですが、私が素晴らしいなと思ったのは「雇ったあと」のことなのです。
★シルバー大作戦の始まり
私が観た番組では「実際に雇ってどうなったのか」を取材していました。板金加工はいわば職人技。繊細な技術が必要とされる仕事です。そこに60歳を過ぎてから初挑戦の人々が来たらどうなるか。
誰もが真っ先に想像する通り、最初はミスが続出したそうです。そりゃそうだ。しかしそこで「やはり難しいか」と諦めなかったのがすごいところ。ミスの原因をヒアリングすると「工場内では音が聞こえづらい」「細かいものが見えづらい」などがの声が上がったそうです。そりゃそうだ(2回目)。
加藤製作所はどうしたか。何と高齢者のために工場の方を作り変えちゃった。名付けて「シルバー大作戦」。
まずは作業野が見えやすいように工場内の照明を増やしました。地面に這うダクトはつまづきやすいのですべて天井に移動。さらに「ポカヨケ機」を作ります。
これは部品が揃っているかをチェックする機械。作った部品はこれを通さないと出荷できません。例えば溶接担当部門で「2箇所を溶接する」担当者のところでは、2箇所溶接して初めててっぺんのランプが点灯するしくみ。1箇所忘れていたらランプはつかず、完成とはならないのです。こういった細かな改善や新しい仕組みが工場中に取り入れられました。
また経営計画書をすべての従業員に1冊ずつ渡し、数字もすべてオープンにしました。会社の目標や方針がしっかり共有されることにより、パートである高齢者自身も会社運営に参加する重要な一員であるという自負や自覚がわく、とのことでした。
★当人と現場に背負わせない
先日映画館に出かけた車椅子の女性が、これまで可能だった介助を受けられなかった旨をSNSに書き、様々な議論を生みました。その際多かったのが「態度が良くないからいけない、わがままだ」という声。または「介助しなかったスタッフが悪い、物言いが良くない」という声です。
その言い分に全く分が無いとは言いませんが(とはいえ前提として「態度がよければ助けてあげる」というジャッジは完全にナシだと思う)、こういうことは「当事者と現場で働く人のことを責める」ことでは、決して解決しません。
高齢者雇用に例えると、体力があって健康な世代に最適化されている一般企業に高齢者がいきなり入社したら、当人も現場社員も戸惑うだろうし、上手くいくとは思えません。加藤製作所はまず「会社の体制と意識を変える」、つまり「しくみの方を変える」ことで、それぞれが動きやすくしていった。社会もこうあるべきです。
★本当に変えるべきは何?
マイノリティをまるで社会のお荷物かのように捉えて「すみっこでおとなしくしていてね」と追いやるか、マジョリティと同じ生活を営む人々として、個性や能力、経験を尊重し活かしていくか。これからの時代、どちらを選ぶべきかは明々白々でしょう。
この原稿を書き上げた日は奇しくも世界ダウン症の日でした。支援団体CoorDownが作った動画では、ダウン症の女性がこんなふうに語っていました。(和訳を意訳してます)
あなたは私が「できない」と思い込んで、それを勧めない。その結果、私はそれができない。あなたの思い込みが現実になるのだから、まずは私がそれを「できる」と仮定して。
どんな人も、意欲と機会を勝手に奪われるべきではない。そのためには何よりまず社会のしくみと、マジョリティ(つまり私たち)の意識を変えてゆかないとですね。
コピーライター 近藤あゆみ
Lamp 代表
博報堂コピーライターから(株)ネットプライス・クリエイティブディレクターを経てフリーに。企業のMMVやネーミング、サイトディレクションなど手がける。恋愛コラムやブログも人気を博す。