データに見る小売業界の特性
長らく停滞する日本経済
1990年代前半にバブル景気がはじけて以降、常に日本経済の立て直しが重要だと言われ続けています。もう耳にタコができて聞き飽きたフレーズと言えば不謹慎でしょうか。具体的なデータで見てみると、長らく同じ数値で推移している3つの統計から事態が深刻であることがわかります。
① 実質GDP → 500兆円台前半(内閣府国民経済計算)
② 家計最終消費支出 → 250~280兆円(出所同上)
③ 小売市場規模 → 150兆円前後(経済産業省商業動態統計)
ちなみに名目GDPについて、日本は直近20年間で1.1倍程度しか上昇していませんが、一方で他米国、英国、ドイツ、フランスといった他の先進国をみると、この間2倍前後の伸びとなっています。言うまでもなく中国の伸びはそれ以上です。先進国の中で日本だけが置いていかれている状況であることを、データから正しく認識する必要があると私は思っています。
個人消費の活性化が日本経済活性化に直結
2022年暦年での家計最終消費支出は現在約286兆円、実質GDPは約546兆円です。ここで言う家計最終消費支出とは簡単に言うと個人消費のことです。この数字には物品購入以外にサービス消費も含まれています。家計最終消費支出を分子、実質GDPを分母として計算すると286兆円÷546兆円=52%になり、個人消費はGDPの52%に相当する膨大な額です。この点から個人消費が活性化すると日本経済は活性化につながることが理解できるでしょう。ただし、GDPは付加価値の集合体と言う点を考えれば、利益を伴わず単に個人消費額だけが膨らんでも意味はありません。単なる値引き合戦で利益が伴わないとマクロ経済的には意味がないということです。そこが大きなポイントでしょうか。そして個人消費が活性化するには賃金の上昇は不可欠得です。既知の通り賃金上昇は国策になっていますが、必要条件であっても十分条件ではありません。では必要な要素とは何でしょうか。
データに見る小売業界の特性
その要素を探るべく、私が考える小売業界の特性についてデータをもとに述べてみます。
(1)小売拠点が密に整備された日本
経済センサスによれば日本の小売拠点数は100万弱、一方米国も同レベルです。ところが人口は米国の方が3.3億人と2.6倍、面積は米国の方が日本の26倍です(※共に日米両政府発表のデータに基づく)。これだけの違いがありながら日米の小売拠点数は同じなのです。密に整備された日本の小売網は消費者にリアル消費の快適さをもたらす一方で、小売事業者間の過当競争を生じさせていると考えられます。これがデフレ圧力になっていると私は見ています。
(2)変化の緩衝材となっている小売業
前述の通り、小売市場規模は長年150兆円前後で横ばいです。エネルギーコストの上昇や円安によるコスト高で物価が上昇した2022年でさえ、小売市場規模に大きな変動はありません。他方卸売市場を見てみるとこの30年間で300~500兆の間で大きく変動していることが分っています。例えばリーマンショックやコロナといった外的要因で大きく変動しましたし2022年は大幅な上昇もエネルギーコストの上昇や円安によるコスト高で伸びました。つまり卸売市場は外的要因によって市場規模が変動するにもかかわらず、小売市場は常に一定を保っています。消費者からの圧力が強いのでしょうか、小売業界は製造業、卸売業と消費者の間に位置し、変化の緩衝材になっていると言えます。
(3)流通構造の硬直化
小売業vs卸売業についてW/R比率で日米比較を行ってみましょう。W/R比率とはW(Wholesale:卸売市場規模)を分子、R(Retail:小売市場規模)を分母で計算した指数です。すなわち小売市場規模に対する卸売市場規模の大きさを示す値です。2021年で比較すると日本は2.89、米国は1.73です。つまり日本の方が小売市場に対する卸売市場の規模が米国より大きいことが分ります。これが意味するものですが、緻密な小売網に対し卸売業界がとても丁寧にサプライチェーンを構築していることの証左だと思います。裏を返すと日本の流通構造が硬直化している可能性を示唆する数字ともとれるでしょう。歴史的な経緯をもって今の構造が作り上げられていたわけですので卸売市場が大きすぎると否定的になってはいけません。しかしこのような特性で日本の流通構造が成り立っている点は留意したいところです。
(4)売上高営業利益率の低さ
2021年の売上高営業利益率を業種比較してみましょう。全業種平均は3.74%なのですが、小売業は1.97%、卸売業は1.77%と平均を下回っています。最も高いのは不動産で11.05%、製造業は全体で5.16%、建設業は3.88%、情報通信業は8.58%です。つまり小売業、卸売業はとても低い値なのです。売上高営業利益率が低いということは、積極的な経営が容易ではないことを意味します。特に卸売業は1.77%とかなり低いため、上述の通り外的変化に対して市場規模が大きく左右されるのだと思われます。小売業、卸売業は積極的な手を打とうにも原資が潤沢にあるわけではありません。
(5)非正規雇用率の高さ
製造業における非正規雇用率の高さを意識される方が多いかもしれませんが、実は小売業が最も高く59.0%です。全業種平均は34.6%であり、製造業は23.8%、卸売業は18.8%、運輸業(郵便含む)は29.2%です。小売業の非正規率の高さが際立っていることが分ります。まさに安価な労働力で成り立っている業種です。このことがデフレに直結しているのではないかと私は見ています。
構造的な課題にどう対処すべきか
以上(1)から(5)まで日本の小売業界の特性について述べました。これらを見ると小売業、卸売業の課題は構造的かつ根深いものであると言えます。個人消費の活性化なくして日本経済の活性化はありえません。しかし小売業、卸売業が構造的な課題を抱えているとすれば、国策としての賃金上昇だけでは決して解決しないだろと思います。ECの観点で捉えれば、EC化率は8.78%(2021年)ですので、EC独自で大きな流通構造を形成しているのではなく、あくまでも既存の流通構造の上にEC市場が成り立っていると理解できます。したがってEC市場の活性化のためにも、まずもって日本の流通構造がこれからどのように変化していくのか、あるいは変化すべきなのか、マクロレベル、ミクロレベルの双方から真剣に知恵を絞るべきと私は考えています。
JECCICA客員講師 本谷 知彦
株式会社デジタルコマース総合研究所 代表取締役