EC業界の原動力 平成を振り返りつつ令和に向けて
元号も令和となり世間の雰囲気もなんとなくお祝い気分の様な気がします。実は、100年前ぐらいに唱えられた経済学の議論に「景気心理説」というものがあります。有名な経済学者であるケインズは「アニマルスピリット」という言葉で論じていますが、要は景気の循環は世間の雰囲気=心理によって変動するという話です。難しい数式を使って一応「その可能性は充分にある」というところまでこの理論は証明されています。
基本的には元号が変わっても先月と今月で特にこれといって大きな経済環境の違いはないはずなのですが、巷の気分が少しだけ「新しいことを始めてみようかなっ♪」という雰囲気になり、一部の人が実際に何かを始めてみるごとくの小さな事象の積み重ねが経済全体を動かすということになるのでしょう。
言われてみれば経済循環の源となる個人消費にしても金融商品などへの投資にしても、あるいは企業の設備投資にしても新規採用を含む人材への投資にしても「未来は誰にも分からない」中で消費や投資/起業という行動を起こすかどうかによって経済循環の度合=景気がことなってくるのは容易に想像がつきます。コップに半分の水(=景気)という現在の事実に対して、半分しかないと捉えるか/半分もあると捉えるかによって、実際に近い将来の水の量自体が変化するごとくの事象でもあるわけです。
EC業界全体の“景気”を振り返ってみると、将に景気心理説によって動かされていた様な気がします。平成はほぼ私の社会人生活の期間と一致しているのですが、PCと通信=遠隔コミュニケーションの時代だったと言ってよいのではないでしょうか。新卒の時期には部署に1台づつ文書と表グラフ作成用のパソコンがあり、別個にホストコンピューターに売上や経費などを入力するための白黒画面の“端末“(形はデスクトップPCに似ていますがモニターとキーボードだけが機能する様なもの)があり・・・という様な時代でした。入社後数年して元号が平成に変わったとほぼ同時にWINDOWSパソコンが社員1人に1台与えられ、本支店間の諸連絡はイントラネット内のパソコン通信(社内間のみで使われるクローズドのメールの様なもの)で行う様にとの”社内通達“が出たことを記憶しています。強制力を持ってPCでのコミュニケーションが義務付けられたのです。
時代としてはバブル後期。当然ながら世の中はイケイケドンドンという雰囲気でした。当時決して安い買い物ではなかったPCを社員全員に与え、システム制作への投資もかなりの額に上ったかと思います。売上の次は経費、その次に為替予約と社内間通信のシステムがほぼ同時に導入され、その後インターネット経由で社外とのメールのやりとりがOKとなり・・・という具合に投資が続けられたのです。もちろんこの投資は正解でした。現在ではネットを使わずにできる仕事は皆無と断言できるほどの重要なインフラになっているわけで、もしもこのインフラへの投資が行われなかったとしたら大きな後れをとっていたことは間違いありません。
しかしながら今冷静に振り返ってみると、当時のシステムやネットへの投資はどの程度省力化できるのか?あるいはどの様な相乗効果が期待できるのか?などの明確な「費用対効果が見えた上での投資ではなかった」様に思うのです。法人税を払うよりは社内投資に使った方が・・という考え方は理解も容易ですが、少なくとも当時まだ高額であったPCは会計上では資産の扱いとなっていて大きな節税効果は見込めないものでした。どちらかと言えば「他社がやったからウチもやる/ウチもやらねば」ごときの巷の空気感こそがPCやこれを取り巻くシステムなどを含むネットインフラへの「投資の原動力」になっていたのではないでしょうか。
何ができるのかはまだ良く見えていない段階にも関わらず、インターネットは費用対効果の観点を超えるほどの期待感/必要感を持たせるだけの「大きな関心/大きな投資テーマ」になっていたことだけは事実です。でもまだECはコトバ自体が存在していたかどうか疑わしい程度のものでした。平成5年前後ぐらいにはおおよその企業と一定割合の個人にネットに繋がったPCが普及し、その後ごくごく一部の人が当時iショップeショップなどと呼ばれていたネットショップを「始めた」のです。システム開発の派生物扱いで外注できるHP制作業者もありましたが“画像は3個まで/1ページ〇万円”くらいの費用が必要であったかと思います。EC黎明期にショップを立ち上げた方々のほとんどが、ホームページ作成ツールや受注管理ソフトも整っていない時代に独学でHTMLを学び、画像を加工し、タグの手入力でページを作成し、という具合に「相当の労力を費やして」ECの世界に飛び込んだわけです。リアル店舗などの通常業務に加えて勉強をしながらのHP制作作業ということで将に「寝ないで」苦労の末にネットショプを開設していました。
それだけの労力を投資したわけですが、ECはまだ黎明期。世間一般では将来への期待を持ちつつも、そう簡単にネットでモノが売れるわけがないと言う意見が支配的だったと思います。ネットの中に需要/市場自体があるのかないのか分からない状態ですから投入した費用や労力が“回収“できるかどうかの見込みさえ立たない ある意味ではかなり過激な“投資”です。それでもムードと言うか空気感と言うか・・ともかく寝ないでも「やりたい/やるべき」という強烈なパッションを持たせるまでの空気感がありました。
21世紀に入って数年間ぐらいまでは費用対効果という概念を超越した「クレージーな投資」までを可能にする空気感/期待感が持続していたかと思います。一つ補足させて頂くとバブル景気は数年前に終焉し既に不況と呼ばれる時代に入っていました。リアルの売上はジリ貧/最後の最後にネットショップに賭けるごとくの「危機感」とインターネットへの期待感を併せ持ったことによりクレージーな投資をすることができたのではないかと思っています。
「PCを5台買って来たのですがインターネットができません。」「まずはネット回線を確認して・・」「回線って何ですか?」この質問をされた方はネット回線が必要であることさえ知らない段階にも関わらず、当時笹本のネットショップのセミナーに参加されたのです。有料セミナーにも関わらず交通費をかけてです。
「パソコンと楽天とどっちが儲かりますか?」(・・・たぶんパソコンとは自社ドメインショップのことを言っているのだろうと思い・・・)「どんなご商売をされていますか?」「土木建築業です。」
2つともEC黎明期当時の実話です。今となっては笑い話に過ぎませんが、でもみんなここからスタートしたのではないでしょうか。たぶん上記の質問をされた方々は一定期間を経てネットで充分な成果を挙げられたことと思います。全く知識がない段階でTry Goを決断した方々です。当然ながらECの教科書が存在しない時代。モチベーションが知識と試行錯誤の体験を以って自分自身の教科書を創り上げていく唯一の源でもありました。
このモチベーションこそが「今後も続くであろう」「教科書が存在しないEC業界」を支えていくことは間違いないのですが、残念ながら現在のEC業界には巷の人々を巻き込むまでの空気感/期待感/そして危機感の部分が不足している様に思うのです。世間の皆さまにあるいは現在のクライアント様に、次世代への投資=費用対効果が見えない領域への人的&資金的投資、この投資を後押しするモチベーション、モチベーションを生み出す期待感とそして危機感をEC業界は充分には発信できていないのではないでしょうか。
どうしても提案や発想自体が費用対効果の枠内での話=ex.CPO(受注1件当たりの獲得コスト)がこれだけ下げられた、購買率が上がった、直帰が減ったなどの「現状で見える範囲の枠内」「既に教科書がある範囲の枠内」での話に帰結してしまい、結果としてドリームが欠落してしまっているのではないかと・・・。
危機感で言えば我々EC業界自身が「ゆでガエル状態」になっているのかも知れません。EC化率は黎明期よりおよそ20年強の時を経てやっと5.8%。これが10%になる日はいつ来るのでしょうか。すでにアメリカは約10%で中国は15%を超えていると言われています。国内EC化率は増加しているもののその伸びは鈍化しています。ご承知の通り人口は既に減り始めているのです。高齢化に付随する宅配需要の自然増分を差し引いて考えれば、明るい未来図の下に健全に伸びているとは言えない段階に来ていると思うのですがいかがでしょうか。バブル経済が終わった後の不況の時期と同じ危機感を持てとまでは言いませんが、少なくともブルーオーシャンではなくなったことだけは確かです。【何か】を始めなければならない時期に来ているのですが、教科書がなく市場規模も分からず従って費用対効果も分からない「次なる見えない領域」へ投資するための最後の勇気を持たせてくれるものが必要です。だからこそドリームや危機感について改めて真剣に考える時期に来ているとも思います。次なる投資は体力がある時にしか/余力のある内にしかできないのですから。
もちろん現在のEC業界にもドリームを語るべくのテーマ自体は数多く存在しています。越境EC&インバウンド対応/オムニチャネル/電子決済化/しかりなのですが、正直なところを言えば「笛吹けど踊らず」の感があります。越境ECやインバウンド対応などは充分に市場規模が見えている元々が大きなドリームであるにも関わらずDoへ落とし込む段階で徐々に費用対効果の枠にはまりつつある様な気がします。
既存のビジネスを継続的に成長させるためには費用対効果の枠内の話は一つ一つ重要な要素なのですが、果たしてそれだけでよいのかどうか・・・。クライアント様もコンサルタントも・・・と最近の笹本は思っている次第です。
「景気心理説」 少なくともEC業界においてはドリームが成長の源であることは確かな様です。元号も令和となり巷の空気も「新しコトにTRY」の方向に向かっているのではないでしょうか。各種の具体的な施策に充分な見識をもちつつもドリームを語り、そしてこれを形にしてゆく。そんなEC業界でありつづけたいと思います。平成を振り返りつつ新しい令和の時代に向けて次なるドリームを。
JECCICA特別講師 笹本 克
全国各地で有名ネットショップを輩出。自治体・関連団体にもEC関連の講演や講師を務め、DeNA、Yahoo!Japanショッピング事業部へのレクチャー、ドリームゲート起業講座の他、コンサルサイトの累計約600社、多業種でのコンサル実績も豊富。