「伝える」と「伝わる」のあいだにVol.21 映画「ラストマイル」に殴られる
皆さん、映画「ラストマイル」ご覧になりましたか?
これが掲載される頃には映画館での上映は終わっていると思いますが、ECに携わる方々にはぜひ観てほしい!と思う作品でした。
大人気ドラマ「アンナチュラル」「MIU404」の野木亜紀子×塚原あゆ子が再びタッグを組み、ドラマと同じ世界線になっていますがそちらは未見でも全く問題ナシです。
【あらすじ】11 月、流通業界最大のイベントのひとつ“ブラックフライデー”の前夜、世界規模のショッピングサイトから配送された段ボール箱が爆発する事件が発生。やがてそれは日本中を恐怖に陥れる謎の連続爆破事件へと発展していく――。
巨大物流倉庫のセンター長に着任したばかりの舟渡エレナは、チームマネージャーの梨本孔と共に、未曾有の事態の収拾にあたる。(公式サイトより引用)
アメリカに本社がある巨大ECサイト(カラーは黒×オレンジ)といえば誰もがあの会社がモデルだなと分かります。その日本倉庫が舞台となり、事件を通して物流に携わるあらゆる人の姿を描いています。
ショッピングサイトから届いた荷物が、開けた瞬間に大爆発。通販でモノを買った経験のない人は今やほとんどいないわけで、誰もが「実際にこんなことが起こったらどうしよう」と恐ろしくなる前半。確かにサスペンスフルですが、作品の肝はそこではありません。
★EC企業にいたのに知らなかった
私は2000年直前にEC企業に転職して15年以上勤めていたのですが、この映画を観て、いわゆる「バックエンド」と呼ばれる部門のことを何ひとつ知らない…いや知ろうとしないままだった、ということに気づきました。実際に倉庫に行ったこともないし、モノが売れてからお客さんに届くまでの行程をこの目で見たこともありません。
フリーランスになって某物流会社のお仕事をした際、巨大倉庫を見せてもらったのが初めての倉庫体験。その時に「ラストワンマイル」という言葉を初めて知りました。
この映画ではEC企業が映るシーンは少ししかなく、ほぼ倉庫がメイン。無数の棚、絶え間なく動くベルトコンベア、行き交うダンボール、そしてフェスか?と見まごうばかりの大量のアルバイト。さらにその先、配送会社の慌ただしい積み込みの現場、最後に請負業者(家族経営)の小さなバン。ラストワンマイルの末に至れば至るほど仕事が苛酷になっていくさまも、リアルに描かれていました。
私はクリエイティブ担当だったので、商品説明やサイトづくり、プロモーションなど「いかにお客さまを惹きつけてモノを売るか」を考える仕事です。ときどき同梱する冊子やメッセージカード、ダンボールのデザインなどに関わりましたが、「モノが売れるまで」と「お客さまが箱を開けたあと」の部分だけを見てきたんだな…と痛感しました。
★よきスローガンが人を追い詰める
映画では、壁面に大きく掲げられている企業ミッションがキーになっています。その1つが「カスタマーセントリック」。顧客優先主義。すべてはお客様のために。センター長である舟渡エレナはこれを「マジックワード」だと自嘲気味に言います。良きものとして掲げていたはずが、いつしかこの言葉に縛られ、振り回されるのだと。
実際、この言葉が起点となり「何があってもベルトコンベアは止めない」「とにかく一刻も早くお客様の元へ」という強迫観念に近い上長たちの姿勢が、倉庫で働く人間や配送業者たちに無理をさせ、どんどん追い詰めていきます。
私は企業のMMV(ミッション・ビジョン・バリュー)を作ることがとても多いので、このくだりでぐわんと殴られたような衝撃を受けました。
言葉づくりをする時はその企業の「理想」を形にします。もちろんただ耳ざわりのいいだけの言葉にならないように、経営陣や社員の方々の声を聞いて表現しているのですが、正直、その言葉づくりからは非正規や請負で働く人々のことはすっぽ抜けていたかもしれない…と思いました。そして、その言葉が彼らに呪いをかけることになる可能性など、考えてもみなかった。
言葉をつくる立場としての責任の重さを、はっきりと認識させられました。
★ちゃんと見ること、変えること
華々しく勢いのある場所。意見を言いやすく通りやすい人。言葉ひとつで多くの人を動かせる地位。私はそういう人や場所の近くで働いてきた気がするし、そもそも自分自身がそうだったんだ…いま振り返るとそう思います。
その場所からは決して見えない人たち。声を上げづらく、例え上げても聞いてもらえない人たち。
そういう人たちの現状に、もう知らんふりはできないのです。どうやらどんどん右肩下がりになっているこの国では、その影響は必ず各所に波及してゆきます。誰かを切ること、見捨てること、自分で何とかしろと突き放すことは、いつしか自分に返ってくる。無関係でいられる人などいない。
映画では、横のつながりで団結し抗議の声を上げ、負の連鎖を、「いったん断ち切る」ことで事態の改善をはかる場面が出てきます。しわ寄せはラストワンマイルに全部くる。それをなるべく上流で止めるしかない。現実を生きる私たちも間違いなく、悪習を「せーのでやめる」時期に来ている。そんなふうに思いました。
コピーライター 近藤あゆみ
Lamp 代表
博報堂コピーライターから(株)ネットプライス・クリエイティブディレクターを経てフリーに。企業のMMVやネーミング、サイトディレクションなど手がける。恋愛コラムやブログも人気を博す。