マーケティング5.0は「技術革新」ではなく「価値創造の主導権移行」
ECをはじめ、企業・ビジネスの現場では「AI活用」「自動化」「省人化」といった言葉が、日常的に交わされています。
- この技術で、何ができるのか?
- どこまで効率化できるのか?
- 人手不足をどう代替するのか?
もちろん、どれも重要な問いです。しかし、米国の経営学者フィリップ・コトラーが2022年に上梓した『コトラーのマーケティング5.0 デジタル・テクノロジー時代の革新戦略』で示した本質は、「技術をどう使うか」ではなく、「人間の幸福のために、技術をどう位置づけるか」にあると、私は考えています。
- 技術は、あくまで「手段」
- 主導権を持つべきは「人間の理想像」
- 「どんな未来を実現したいのか」を描くことこそ、マーケティングの役割
つまり、価値創造の主導権が「技術」から、再び「人間」へと戻りつつある。産業革命以来、技術力が主役だった社会が、今、静かに原点回帰を始めている。それこそが、マーケティング5.0の核心ではないでしょうか。
鉄腕アトム世代(ABS世代)は「夢→技術→現実」を知る編集者
昭和30〜45年頃に生まれた、私が提唱するABS世代(アクティブ・バブル・シニア)。
この世代が幼少期に、モノクロテレビで見ていた「鉄腕アトム」は、単なる高性能ロボットではありませんでした。
アトムは、喜び、笑い、悩み、判断し、人に寄り添い、正義を考える存在。「便利な機械」ではなく、ライフスタイルの相棒だったのです。
この世代は、
- 子どもの頃に夢だった世界が
- 技術によって次々と現実になり
- 暮らしが本当に豊かになっていく
そのプロセスを、人生を通して体験してきました。これは、数値データや若年層インサイトだけでは捉えきれない、価値設計における感覚知です。私は、この力を「未来を編集する力」と呼んでいます。
フィジカルAI時代、企業に求められるのは「幸福設計力」
近年、「フィジカルAI」が注目されています。カメラやセンサーを通じて現実世界を認識し、物理法則に基づいて判断・行動するAIです。
たとえば、介護分野を考えてみましょう。
- 介助の負担を減らす
- 人手不足を補う
- 作業効率を高める
どれも正解です。しかし、企画の初期段階で、こんな問いは立てられているでしょうか。
- そのAIは、使う人の「誇り」を守っているか?
- 介護される側の「尊厳」を高めているか?
- 関わる人たちの気持ちを、前向きにしているか?
これは性能や価格の話ではありません。価値の問いです。
この問いを置き去りにした技術は、「すごいけれど、選ばれない存在」になってしまう。マーケティング5.0とは、「夢を語ることが、再び企業の競争力になる時代」なのだと思います。
ジェロントロジーが示す「幸福」のシンプルな定義
加齢科学である「ジェロントロジー」では、人が最も強い幸福感を得る瞬間を、次のように捉えています。
「大切な人や、お客様を笑顔にした時」
これは、承認欲求や自己実現欲求といった、人間の本質的欲求が満たされた瞬間です。年齢に関係なく、人に共通する幸福のメカニズムと言えるでしょう。
AIと人間が共存する時代、最終的に企業やサービスが選ばれるかどうかを決めるのは、この事業は、この商品は、誰の笑顔を増やしているのか?という、極めてシンプルな問いです。
売上やKPIを決める前に、「人を笑顔にする企画案」を描けているか。そこに、これからの事業の強さと信頼が宿ります。
マーケティング人材は「未来のコンセプター」へ
「コンセプター」という職業は、まだ馴染みが薄いかもしれません。コンセプターとは、モノやサービス、企業活動の「価値=コンセプト」を創造し、明確に言語化する専門家です。単なるアイデア出しではなく、複雑な情報や抽象概念を整理し、事業の方向性や共通理解の軸をつくる役割を担います。
ECで言えば、UIや価格競争の前に、「なぜこの体験を提供するのか」を定義する存在とも言えるでしょう。
ここで、若いマーケターや技術者の方に伝えたいことがあります。今回の話は、「ベテランのための思想」ではありません。
- 若手の技術力・データ感性
- 成熟世代の経験知・編集力
- この融合こそが、企業にとって最大の戦略資産になります。
分析者に留まるのか。それとも、人間の夢を事業として創造し提案できる「未来のコンセプター」になるのか。今、私たちはその分岐点に立っているのだと思います。
マーケティングが実務で使われにくい理由
マーケティングを学んでも、実務でなかなか使えない。そんな声をよく耳にします。
その理由は明確です。技術やフレームワーク、施策や表層的な行動など、時代とともに変化する部分が主語になり、「人間の本質」が抜け落ちているからです。
鉄腕アトムを夢見た記憶を起点に、テクノロジーに振り回されるのではなく、人間が人間を幸福にする未来を主導する。
今、企業に求められているのは、最新技術の導入ではありません。人間の暮らしの理想と未来を描く「未来のコンセプター(価値の創造と提案者)」への進化だと、私は考えています。