「伝える」と「伝わる」のあいだにVol.31 「分かりづらくて面倒くさい」って、大切だ
私はいま、打ちひしがれている。
これを書いているのは2025年7月の参院選の投票日翌日だ。結果はみなさんご存知の通り。
選挙後に各メディアで分析や解説が始まり、「頼むからそういうの選挙前にやってくれ!」と思いながら観ていた。各局が等しく挙げていたのが「SNSや動画サイトを効果的に使った政党が票を伸ばした」という所見だった。
TikTokやYouTubeでの動画がとてもよく観られていたそうで、「SNSや動画を参考にした」という人たちは新興政党に多く票を投じている。
ネットで再生数を稼ぎたければ確かに「分かりやすさ」が大事だろう。人目を引き、直感的で、集中して観ずとも数秒で分かりやすいメッセージ。今回の選挙ではそこに注力した政党が躍進したのだ。
ここで私がしたいのは「選挙におけるSNS活用」なんて話じゃない。
この連載コラムのタイトルもそうだし、ずっと「どうしたら伝わりやすくなるか」の話をしてきて、いつも「もっと分かりやすく」と言ってきた私は、今回その「分かりやすさ」のあまりの弊害に衝撃を受けて悄然としているのだ。
★「大前提」のラインを超えるものたち
イデオロギーや支持政党は個人の自由だからとやかく言う権利はない。でも今回の選挙戦は、どう見てもそれ以前のところが悪目立ちしていた。
排外主義・差別・ヘイト・デマの横行。事実と違っていても言ったもん勝ち、注目集めたもん勝ち。
私が甘いのかもしれないけど、少し前までは志向や意見が違っても「前提として」「言うまでもないが」と前置きされるような良識は最低限、社会の中に共有されてると思っていた。
良識って言ったって大層なもんじゃない。要は「人前で、公の場でそれ言っちゃさすがにアウトだよ」「学校で習ってきたことだよ」というようなレベルの話だ。
そういう基本の、根っこのところをイージーに踏み越えちゃってる言説があって(しかもたくさん支持されていて)、目にするだけでぐったりしてしまった。
どんなに酷い言説でも、堂々と言い切ってしまえば「そういうものか」と受け取られる。直感的ショート動画に慣れたら「果たして本当だろうか」と補足や注釈、エビデンスをわざわざ探しになどいかない。パッと見の印象や勢いに引っ張られて、「その人が実際にどういう政治観と政策を打ち出しているか」をろくに見ていない人も多い。
★「面倒くさい」を避けない
人目をひくように、端的に、共感性高く、映えるように、バズるように…。インターネットの世界で仕事をしてきた私たちは、それらを目標としていろんな手法を駆使してきた。
でも今回の選挙ではそこが先鋭化されすぎていたと思う。そしてこの傾向は多分衰えない。さらに加速する。
だからこそ、私たちがビジネス以外の場でやるべきことは「分かりやすさをあえて目指さないこと」ではないか…と思ったのだ。
生活も政治も、対話もケアも、実際には切れ味よく分かりやすくスピーディ、なんてことはひとつもない。現実は地味で真面目でつまんなくて、地道にコツコツの積み重ねだ。社会を良くしようとすると、たいていめちゃくちゃ複雑で難しい問題にぶちあたる。
その地味さ、複雑さ、気長に理解していかなければならない面倒くささは、実はとても大事なプロセスなのではないだろうか。
SNSを見ていたら「半数ずつ改選するという参議院のしくみはよく考えられている」というポストに「民主主義はわざと面倒くさく作ってあるという好例」というリプライがついていて、なるほどと思った。やっぱり「面倒くささ」は大事なのだ。
★ショートカットもスルーもやめよう
私たち大人は、そういう地味で複雑で面倒くさいところを回避しないようにしたい。そしてそれを根気よく、ゆっくり、諦めずに学び、伝えていく必要がある。
んなこた当たり前!と思っていた「基本的人権」「差別をしてはいけない」という前提も、それらを認識してない人に対して冷笑や嘲笑をせずに伝えなければならない。
政治や人権の話をタブー視しないこと。歴史もきちんと学ぶこと(YouTubeとかではなく)。自分でエビデンスを確認すること。人に安易にレッテルを貼ったり排除したりしないこと。対話をすることを諦めないこと。そして、結論を急がないこと。
きれいごとだろうか。でも今の本邦では、あえてきれいごとを高く掲げる必要があるんじゃないだろうか。
私たちがインターネットに依存し、便利と効率に走りすぎ、まだるっこしさや議論を避け、その場の空気を重んじすぎたせいで、腐って崩れそうな土台。それをもう一度じっくり耕し整えなければいけない気がする。
テクノロジーなんて、そのあとの話だと思う。

コピーライター 近藤あゆみ
Lamp 代表
博報堂コピーライターから(株)ネットプライス・クリエイティブディレクターを経てフリーに。企業のMMVやネーミング、サイトディレクションなど手がける。恋愛コラムやブログも人気を博す。