駅は“通過点”から“共鳴点”へ─エキュート秋葉原が示す未来のかたち
もはや乗り換えだけの場所ではない
駅は、ただの「通過点」ではなくなりました。通勤の朝、旅の途中、ふと降り立った街角。いまや駅は、人の時間と感情が交差する“拠点”へと進化しています。2025年4月に開業した「エキュート秋葉原」は、まさにその象徴です。JR東日本が掲げる「Beyond Stations構想」を体現するこの施設は、単なる駅ナカ商業ではなく、街・人・未来をつなぐ“実験場”として設計されています。
秋葉原という街の個性もまた、これを後押ししています。日常と非日常、偶然と目的が混ざり合うこの場所では、「一律」よりも「多様性」が求められます。
SuicaやGPSなどのデータを活用したマーケティング分析からも、通勤・趣味・観光といった多様な来訪動機が見えてきます。特に、若年男性層やインバウンド需要が高いのが特徴です。こうした分析をもとに、「エキュート秋葉原」は地域性に即した拠点としてのあり方を模索し、駅という空間の可能性を広げているのです。
デジタルがもたらす“優しい変化”
エキュート秋葉原が導入した仕組みの中でも、特に注目すべきは「完全キャッシュレス+集中レジ」という運営スタイルです。これは、駅利用者の特性──たとえば、ガジェット好きな男性が多いことや、訪日外国人観光客が多いことといったデータに基づいて設計されています。
具体的には、フロアを「個別レジ」と「集中レジ」の二つに分け、それぞれにキャッシュレス専用の仕組みを導入しています。その場で購入する人は、各ショップのキャッシュレス端末を利用し、まとめ買いを希望する方は、集中レジで一括精算が可能となっています。
この構造によって、店舗スタッフはレジ業務から解放され、接客や商品づくりといった“本来の役割”に専念できるようになります。重要なのは、これは単なる“無人化”ではなく、「必要なときに、適切な距離で寄り添える」という、新しい接客の形を実現しているという点です。
では、こうした設計によって、店舗側にどのような変化がもたらされているのでしょうか。
駅の変化によって生まれる新たな企業価値の発掘
たとえば、「THE STAND」という店舗があります。ここは、全国的に知られるパンブランド「神戸屋」が運営していますが、従来の店舗とは明確に異なる運営スタイルを取っています。特徴的なのは、冷凍の状態で高品質なパンを納品し、店頭で最適なタイミングで解凍・提供するという方法を採用していることです。
これにより、製造設備が不要になり、省スペースでの運営が可能となりました。駅ナカという限られた環境においても、神戸屋ブランドのクオリティを保ったまま、多様な商品を展開できるのです。
さらに、前述のキャッシュレス・集中レジ体制のおかげで、スタッフはレジ業務から解放され、パンそのものの魅力や背景にあるストーリーを来店者に丁寧に伝えることができます。“モノ”ではなく“想い”を伝える接客が可能になっているのです。
それ以外でも、とんかつの老舗「まい泉」は、駅ナカという制約の中で“揚げたてを提供する”という大胆な試みに挑んでいます。集中レジやキャッシュレス導入によって販売スタッフを最小限にし、その分厨房に人を集中させることで、駅でも“できたて”のライブ感を実現しているのです。
駅は“街の装置”へ
また、エキュート秋葉原は、駅というインフラを、通過のための装置ではなく、地域と共鳴し、価値を共創する場へと再定義しようとしています。象徴的なのが、施設内に設けられた「AKIBA DONATION」という仕組みです。これは、ゲームをプレイすることで料金の一部が地元に寄付されるという、娯楽を通じた地域還元の仕掛けです。このように、“余白”とされてきた空間や時間にこそ、新たな価値を見出しているのが現在の駅の姿だと言えます。こうした考え方が、JR東日本が掲げる「Beyond Stations構想」の本質であり、駅を人・街・文化が交わるハブとして再設計することを目的としています。
ただし、どれだけ駅という場所が変わったとしても、そこに出店する店舗の本質的な役割が変わるわけではありません。むしろ、企業側にはこの変化を味方につけ、自らの文化や思想を強く発信していく姿勢が求められているのです。
変わるべきことと変えてはいけないこと
重要なのは、「変えるべきこと」と「変えてはいけないこと」を見極めることです。なぜなら、これまでのようにEC市場が指数関数的に伸びていく時代は終わりを迎えつつあるからです。人口減少が進み、オンラインでの購買が当たり前になった今、ECはむしろ“全体の一部”に過ぎないと捉える必要があるのです。もちろん、過去のやり方や成功事例を学ぶことは大切です。しかし、これからの時代には「過去から学ぶだけでは通用しないこと」も数多く存在します。事業者にとっては、リアルとデジタルのバランスを見直しながら、自分たちが本当に大切にしたい価値をどこで・どう伝えるかを再構築していくことが求められます。
そうした中で、エキュート秋葉原に集うお店の姿はひとつのヒントになります。限られたスペースの中で“濃い文化”を発信し、訪れる人に等身大の熱量を伝える。そうした丁寧なものづくりと表現の積み重ねが、駅をメディアとして機能させ、街を活性化させていくのです。
そして今、あらゆる事業者がこのような「変化のタイミング」に立っているのではないでしょうか。今日はこの辺で。

JECCICA客員講師 石郷 学
(株)team145 代表取締役