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社会のインフラ 物流危機を考える /ネット通販業界ができること

3月末から4月初旬にかけては年度替わりもあって引っ越しが大変多い時期ですが、今年は引っ越しも「希望の時期にはできない可能性がある」というニュースが流れました。これはパンクを恐れた物流業界が本年2月末ごろに世間にアナウンスしたものですが、今年に限って引っ越し自体の需要が急増したのではなく数年前から「引っ越し難民」という言葉が使われ始めていました。そして今年はとうとう「無理しても応じられない」という物理的な限界に達してしまったと考えて良いかと思います。

 留意すべきことは、引っ越し業界の逼迫は「ex.不在による再配達」のごとき非効率が原因ではないということです。実はここ数年は引っ越しの件数自体は「横ばい」であるにも関わらず、引っ越し難民が発生する様な事態になっています。折りからの人材不足に加えて、社員の待遇が多少改善されてきた宅配業界にドライバーが流れ、さらに働き方改革などの世間への浸透などにより残業などで急場をしのぐことも難しくなりました。
つまり需要が伸びたのではなく、業界全体の【 対応キャパシティーが減少 】しているのです。引っ越し業界の現状をざっくりと表現するならば、昔は1日で3件対応できたが現在は2件が限度と言っている業者があるほどです。言葉通りであるならば、対応キャパシティーは約33%減少したということになります。

需要が横ばいの引っ越し業界でさえこの様な状況なのですが、年間40億個を超えるまでに配送需要が伸びている宅配業界はさらに深刻です。2017年7月の政府統計では平成28年度は27年度に比べて発送件数は7.3%の増加になっています。人材不足や働き方改革などの影響は引っ越し業界と変わらない上に、2割に及ぶと言われる不在再配達による非効率がこれに加わるのです。
 
宅配便の逼迫(ひっぱく)も数年前から言われていました。一昨年はまだ配送料金の値上げや長物・重量物(一人では運べない重量)などの配送サービスを中止するという程度に“留まって”いました。大手の宅配業者からは発送できないと言われても、準大手を探せばどうにか取り扱ってくれるという様な状況であったかと思います。 しかしながら、とうとう昨年の年末商戦の時期には宅配便業界から荷物の発送者であるネット通販事業者などに対して、事実上の発送件数制限の通達がありました。一昨年は3万件発送したのに昨年末は2万件が限度と言われたなどの話が実際にあったとのこと。逼迫というレベルではなく、まさに物流危機と呼ばねばならない段階に至っています。
 仮に発送可能な件数がex.3万個⇒2万個になると言うことは、平均顧客単価が同じであれば売上がex.2/3になるということを意味します。しつこい様ですが「3億円の売上が2億円に、30億円の売上が20億円になる」ということです。同時に今後ネットの潜在需要がどれだけ伸びたとしても、物流危機が改善の方向に向かわない限り「売上の規模はこれ以上伸びない」ということでもあります。あたりまえの話ですが、ユニークユーザー数やCVRがどれだけ向上しようとも発送できなければ売上にはならないということを強く念頭に置いておく必要があるかと思います。これは今後のネット通販業界全体の成長が阻害される大問題であると思います。
 
 実際に宅配業者のIR情報や統計資料などを見ていると、発送需要はこれだけ伸びているにも関わらずここ数年間はほとんど売上が変わっていない事業者が多く見受けられます。つまり既に数年前に対応キャパシティーの限界に達していて、その後は送料値上げの増収分と対応キャパシティー=発送個数の「減少分」がちょうど相殺された様な状況が続いていると見てよいのではないでしょうか。実は運輸業界の就業者は他業種に比べて40代~50代後半の割合が極端に高く、定年や体力的な限界などを理由に離職する人の割合も高いのです。新規採用ができなければ対応キャパシティーは【 自然減 】してしまう業界です。
中でも大都市の物流ハブ間を「夜間」に輸送する路線便は若者~子育て世代の就業者に敬遠されることもあって元々40代~50代後半の比率が高く、他の運送業態に比べても「自然減」の影響が大きくなっています。就業者の待遇改善などで多少は新規の就業者を獲得できたとしても、年齢によるドライバーの自然減と需要の増加には到底追いつかないと考えるのが普通かと思います。“通販“の需要だけを考えてもネット通販市場の増大はもとより日本全体の高齢化による生活移動圏の縮小なども”宅配“需要を後押しすることになるでしょう。この危機は景気観の向上による一過性のものとは異なると思います。ネット通販業界にとってはいずれ誰かが解決してくれる対岸の火事ではなく、足元に火が付いた状況と考えるべきではないでしょうか。
ちなみに今年の3月からJPの「ゆうパック」も再配達サービスの縮小を始めています。荷受人から再配達日時の指定を受けるまで郵便局に保管する形となり、翌日自動的に再配達する様な形はやめるというものです。とうとうJPもキャパシティーの限界か・・・。

以下、笹本からの提言とお考え頂ければと思います。私一人では到底対応できない課題ですが、EC業界全体で対応を考えるきっかけになればと思う次第です。ネットショップ運営者様はもちろん、レンタルカートやモール各社様、並びにシステム関連の各社様が宅配業界と協力して取り組めば一定の効果が見込めるかと思います。

笹本は我々のEC業界こそが物流危機を緩和する「大きな鍵」を持っていると思っています。「大きな鍵」とは「荷受人であるお客様からのパーミッション」です。
ネットショップやモールは、ご購入頂いたお客様から住所や電話番号メールアドレス、場合によってはFAX番号などを知ることができる立場にあります。これが“パーミッション”(=許可)なのですが、宅配業界は荷受人であるお客様から直接のパーミッションを得る立場にありません。従ってネットショップが宅配業界に配達を依頼する際には、社会通念上での「配達に必要な最小限の情報」=住所と電話番号を配送伝票に記載し、この「住所と電話番号のみ」のパーミッションに基づいて宅配業者は配達業務を行っています。大きな問題の一つである不在再配達は、ここに課題があるのではないでしょうか。

住所という情報は宅配業者から見れば「実際に行ってみないと不在かどうかは分からない」という不十分な情報です。そして唯一残されたコンタクト手段は電話番号なのですが、電話は「電話をかけたその時」に「お客様が電話に出られる状態」でない限りコンタクトを取ることができません。ちなみに携帯電話(スマホを含む)の留守電サービスの利用者は6割弱と言われています。また電話は費用が発生するコンタクト手段です。これでは不在再配達を防ぎようがありません。
でもEC事業者がご購入頂いたお客様から「円滑な配達のためのパーミッション」を「積極的に」頂く形になれば、物流危機の相当の緩和効果を期待できるのと思うのです。逆に言えば、物流危機を緩和するお客様からのパーミッションは【 EC事業者しか得ることはできない 】ものでもあります。

仮に、まずはEC事業者が受注の段階でお客様から「円滑な配達のために宅配業者にex.メールアドレスを伝える」旨のパーミッションを頂き、梱包後に配送伝票を打ち出す時点で受注管理システムから宅配業者に配送伝票番号と住所氏名電話番号にひも付けされたex.メールアドレスを送信し、宅配業者は配達の前日か当日朝に(物流ハブに到着、あるいは確実に到着が期待できる時点で)このメールアドレスを以って荷受人であるお客様に配達予定を送信し在宅の時間帯を確認、お客様が回答期限までにこれに回答し、お客様が指定した時間帯に実際に荷物を受け取って頂いた際にはEC業界共通で使えるポイントなどを付与するなどの「シクミ」が構築できれば不在再配達は相当に緩和できるかと思います。ポイントという実利だけでなくCO2削減などの環境保護などの側面も充分に訴求すべきでしょう。
お客様から見れば現状のネット通販の配送のシクミは、商品が明日到着するのか4日後に到着するのか分からないものであり、これでは在不在の回答ができない状態でもあるのです。お客様からの受領可能時間帯の回答精度が高まれば、AIを使ってより効率の高い配送ルートを割り出すことも可能になるかと。
もちろんEx.メールアドレスの代わりにLINEやフェイスブックの「有効期限付きの友達申請(配達完了後削除)」のシリアルQRコードをECサイトの「受注完了画面」に出したり(PC)、スマホであれば同SNSの期限付き友達申請ができる何らかのプラグインを受注完了メールに入れたりなど、円滑な配達のためのコンタクトパーミッションにはまだまだ工夫の余地があります。(誌面の関係上他のコンタクトパーミッション案は割愛します。)

EC事業者がお客様から「配達日数そのものに対して」や「受領方法について」のパーミッションを頂ければ、さらに物流危機の緩和効果は高まるでしょう。現在のECの配送のシクミは受注後最短で発送し、最短で配達するのが常識となっていますが、かなりの割合で「来週か再来週ぐらいに着けばいいや」というお客様も存在しています。生協の配達は週1回が基本です。仮に「ゆるい配達日数」のパーミッションがあれば、宅配業者は「配達ピークの分散」をすることができます。曜日ごとのピークが分散化されるだけでも相応の緩和効果があるのではないでしょうか。これはラスト1マイルの配達業務だけでなく、深夜の路線便などにも効果が及ぶものであると思います。ちなみに「ゆるい配達日数」であれば、わが町は火曜日と金曜日がゴミの収集日のごとく「地域ごとに異なる曜日」に集中的に集荷/配達することで物流の効率化を図ることもできるかと思います。また・・・ああ書ききれない。

お客様から新規項目のパーミッションを得るためにはECサイト上で十分な告知が必要であり、同時にショッピングカートや受注システムの改変が必要となります。一方、各社ごとに異なるスペックでは埒が明かないでしょう。業界統一基準のごときものが必要かと思います。今こそ業種を超えた協力体制が必要なのではないでしょうか。どれだけ受注できたとしても発送できなければECの売上にはならないのです。

JECCICA客員講師

JECCICA特別講師 笹本 克

全国各地で有名ネットショップを輩出。自治体・関連団体にもEC関連の講演や講師を務め、DeNA、Yahoo!Japanショッピング事業部へのレクチャー、ドリームゲート起業講座の他、コンサルサイトの累計約600社、多業種でのコンサル実績も豊富。


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