EC人材に関する多面的考察
事業者間での差異はあるものの、概ね国内のEC市場は堅調と思われます。このペースだと2023年には日本でもEC化率が10%を突破するでしょう。とすれば、産業界におけるEC業界の位置付けも格が上がってきます。事業運営にはヒトの力が重要ですので、EC業界における人材のあり方が今まで以上にクローズアップされると思います。JECCICAはECのスペシャリストやコンサルタントを養成するプログラムを提供し、EC業界の人材育成に寄与する組織として有意な存在ですが、一旦それは脇に置いておき、EC人材について少し俯瞰する立ち位置から私が調べてみたこと、感じていることを挙げてみたいと思います。
1.EC人材数(推定)
先ず初めはEC人材の数についてです。世の中にどれくらいEC人材が存在しているのか、インターネットで公開されているいくつかの情報をもとに筆者が独自の方法で算出してみたところ、概算で10~15万人となりました。ただし、EC人材の定義によってその数は変動します。尚、算出方法は非公開とさせてください。ここでは、ECで商品を販売する企業のショップ運営担当者、およびEC支援系事業者(楽天、Amazon、その他)、デジタルマーケティング事業者、EC専門のIT技術者を対象とし、宅配便事業者はカウントしていません。あくまでも概算ですので多少の誤差はあるでしょうが、大方このくらいの数ではないかと思います。ちなみにITエンジニアの数は約150万人だそうです(出所:IPA)。それと比較するとEC専門のIT技術者を含むEC人材は約10分の1の数です。
2.転職サイトの考察
いくつかの転職サイトでEC人材の募集状況について調べてみたところ、ショップ運営担当者やEC支援系事業者の募集を見かけることができます。しかしながらそもそもEC人材というカテゴリーがないため実態としてEC業界においてどれくらいの人材募集の需要があり、それに対してどれくらいの応募があるのか肌感覚がつかめません。転職サイトのチェックを通じて感じたことは、EC人材の定義が難しいということでしょうか。換言すればECは職種としてまだ確立されていない印象を受けます。転職を考えているEC人材は、特定の企業を決め打ちして応募しているのではないかと推測します。また世間一般から見て「EC人材って何?」と思う方々がまだ多いかもしれません。
3.人事考課はいかに
EC支援事業者は会社が丸ごとEC事業ですが、ECに特化した企業ではない小売業者や製造業者の場合、ECは社内の一部門に過ぎません。コロナによるECシフトでオムニチャネルが浸透し、社内のカニバリズムが多少緩和されている話を最近見聞きしますが、社内におけるEC部門の位置付けが高くない企業も未だ多いのではないでしょうか。もしそうであれば、仮に相当優秀な人材であったとしてもEC担当者の人事考課は相対的に高くない可能性が想定されます。そしてそのような人材は自身が働く企業でキャリアプランを描くことが出来ず、結果として転職の道を選択してしまうかもしれません。そうなれば、当該企業にとっては大切な人材の流出となってしまいます。
4.IT人材との対比で思うこと
ECは1990年台後半から普及が始まりました。まだ歴史は25年程度とそれほど古くはありません。一方でIT業界ですが古くはメインフレームのIBM360が1960年代から存在し、1980年代はUNIX、1990年代はWindowsといったように情報処理システムは相当以前から存在しています。IT人材の育成面では情報処理技術者試験が役に立っています。同試験はその歴史は古く、かなり細かく試験区分が分かれています。またその他にマイクロソフトやオラクルといった民間企業のIT資格もあります。IT業界では人材の専門性が細かく定義されており、専門人材が最適配置された組織体制によって事業が運営されています。IT技術者との比較は少し酷かもしれませんが、ベンチマークとしての参照性は高いのではないでしょうか。
5.経営者から見たEC人材に求める要素
IT業界では以前から「技術は分かっていても経営の立場からIT戦略を立案し実行できる人材が少ない」とよく言われています。ITは金食い虫だと揶揄する経営者も多いと聞きます。ITの歴史は長いので、そのような声は以前より少なくなっている可能性は考えられますが、それでも本質的に大きな変化はないと見ます。ECにおいても同じことが言えるかもしれません。ショップ運営のノウハウ等については経験を積んで会得することができるでしょう。一方で、経営戦略におけるEC戦略、さらに幅広い資質を求めるとすればメディア戦略といったことを経営目線で語ることができる人材は世の中にどれくらいいるでしょうか。実際のところ、経営者がEC人材に求める資質の一つにそのような点も含まれていると思います。ECには経営、マーケティング、商品、サービス、顧客サポート、IT等、事業要素が多岐に亘っています。それらを束ねて経営目線で語ることが出来る人材が多く輩出されることを期待します。
JECCICA客員講師 本谷 知彦
株式会社デジタルコマース総合研究所 代表取締役