楽しく誰にも分かるマーケティング:Vol.89 【AI時代に求められる「問い」と「感性マーケティング」】
AIとデータに囲まれた社会の今
AI時代が本格的に到来しました。インターネットの普及により、消費者行動や購買データ、アクセスログ、SNSの反応まで、瞬時に数値化できる時代です。企業はこれらのデータを分析し、PDCAを高速で回すことで、より効率的なマーケティングを実現しています。
しかし、ここで一つの疑問があります。「どこまで仮説を持ってビジネスを行っているか?」ということです。AIやデータ分析は結果や傾向を示してくれますが、そもそもどの方向に問いを立てるかは人間次第です。問いがなければ、データは単なる数字の羅列に過ぎません。
哲学=問いを持ち続けること
前回のコラムでも触れたように、マーケティングには哲学が必要です。ここでいう哲学とは難解な学問ではなく、「問いを持ち続けること」です。この問いは日常生活の観察から生まれます。
大規模調査や統計データを取る前に、企画に携わるマーケターは、まず自分の五感を使うことが大切です。周囲の人に話を聞き、世の中の動向を現場で自分の目で見て、肌で感じる。そこから生まれる仮説こそが、AIやデータ分析を活かす前提になるのです。
例えば、ある飲料メーカーは、AIで売上データやSNSの投稿を分析するだけでなく、店頭で消費者の行動を観察し、試飲会で直接感想を聴きました。その結果、「単に新商品を売る」ではなく、「朝のひとときの楽しみを提案する」という新たな仮説を立て、キャンペーンを設計。AIの分析結果と現場の気づきを組み合わせたことで、オリジナルティある新商品開発に成功しました。
また、化粧品メーカーでは、AIが過去の購買データやレビューを解析してトレンドを予測する一方で、開発チームは美容院やドラッグストアで顧客の表情や反応を観察。データだけでは捉えられない「肌感覚の美しさ」や「手に取ったときの気持ちよさ」に基づき商品改良を行い、売上と顧客満足度の両方を伸ばしています。
感性マーケティングの時代
データを見て「何をやるか」を決めるアプローチは、往々にしてレッドオーシャンでの競争に陥りがちです。しかし、「自分はどうしたいのか?」「何をやるのか?」という意識で問い続けることで、独自の価値を生み出せます。
テクノロジーの進化は、人間の感性を奪うどころか、むしろ生かすチャンスを広げています。AIは膨大なデータを瞬時に処理し、パターンを導き出しますが、それをどう解釈し、どう行動につなげるかは人間の役割です。数字は答えを示しますが、問いを発見する力や背景を読み取る力は、人間だけが持つ特権です。この特権をどう活かすかが、AI時代のマーケターに問われています。
ファッションECでは、AIが過去の購買履歴からおすすめ商品を提示する一方で、スタイリストが顧客の好みやライフスタイルに合わせて「コーディネート提案」を行っています。この組み合わせにより、単なるレコメンドを超えた「感動体験」が生まれ、リピート率が大幅に向上しました。
飲食業界でも同様です。AIで来店データや売上を分析するだけではなく、シェフやスタッフが「お客様はどんな時間を楽しみたいのか?」を観察し、季節限定メニューや店内演出を工夫します。データと感性の融合が、単なる効率化ではなく「心に残る体験」を生むのです。
昔も今も変わらないマーケティングのゴール
ゴールは昔も今も、これからも変わりません。「自分の大切な人(お客様)を、どうしたら笑顔にできるか」という問いです。AIは手段であり、データやマーケティングのフレームワークは道具に過ぎません。重要なのは、人間が問いを立て、感性を磨き、クリエイティブを発揮することです。
さらに、AIが導き出す答えを鵜呑みにするのではなく、現場で感じたリアルな顧客の反応と掛け合わせることが、次の新しい価値を生み出します。自動運転車の開発でも、AIのアルゴリズムが最適ルートを算出する一方で、ユーザーの感情や不安を考慮したUX設計を人間が行うことで、安心感や使いやすさが生まれています。マーケティングも同じです。
AI×人間の感性が生む未来
データやAIは効率化と最適化をもたらしますが、顧客とのつながりや文化的洞察を創るのは人間です。五感で仮説を立て、問いを立て、感性で行動する。AIが示す「答え」は、問いをより価値あるものにする材料に過ぎません。
私たちは今、データと哲学、AIと人間の感性が同時に生きる時代に立っています。このチャンスをどう生かすかは、問いを持ち続ける私たち次第です。マーケティングの本質――「人を理解し、喜ばせ、社会を豊かにする営み」――は、AI時代でも変わりません。
データとテクノロジーを道具として駆使しながら、人間の感性と哲学を中心に置く。この姿勢こそが、新しいマーケティングの未来を創る鍵です。AI時代の今こそ、問いを立て、五感で感じ、感性を磨くマーケティングが求められています。

JECCICA客員講師 鈴木 準
株式会社ジェイ・ビーム マーケティングコンサルタント