楽しく誰にも分かるマーケティング:Vol.88 【アメリカで誕生したマーケティングと、日本人の商売の原点に学ぶこと】
マーケティングの起源は「大量生産・大量販売」の合理化
マーケティングの歴史を振り返ると、新しい視点が見えてきます。そもそもマーケティングは、いつ、どのような背景から誕生したのでしょうか?18世紀後半、イギリスの産業革命によって蒸気機関が実用化され、大量生産の仕組みが整いました。さらにその流れは19世紀にアメリカへ渡り、「どうすれば効率よく売れるのか?」「利益を最大化できるのか?」という問いが、マーケティングのルーツとなりました。
とりわけアメリカでマーケティングが発展した背景には、次の要因がありました。
1. 産業構造 … 大量生産を前提とした、大量販売の効率化ニーズ
2. 社会構造 … 多民族国家ゆえの「共通理解・説得」の必要性
3. 教育制度 … 大学を中心としたビジネス理論の体系化
4. 競争環境 … 自由競争の中での差別化と戦略の必然性
5. 国土の広さ … 全国規模の物流・販路・情報発信の重要性
こうしてマーケティングは、アメリカという移民国家における自由競争の、巨大市場における合理化の要請から「学問」として整理・体系化されていったのです。
戦後日本におけるマーケティングの導入
日本で「マーケティング」が本格的に語られはじめたのは1955年(昭和30年)。日本生産性本部の斡旋により、石坂泰三(東芝会長、後の経団連会長)らがアメリカを視察し、その記者会見でマーケティングの必要性を語ったのが始まりとされます。戦後10年、復興から高度経済成長へ移行する時期。家電や自家用車、加工食品などがテレビCMとともに大衆市場へ広まり、いわゆる「マスマーケティング時代」の幕開けでした。
つまり、日本におけるマーケティング導入は、アメリカ型の合理化モデルを輸入したものであり、高度経済成長期という社会の成長ステージと技術革新、マスメディアが後押ししていたのです。
江戸時代にも無意識にマーケティングは実践されていた
しかし、私たち日本人はマーケティングという言葉を知らなくても、ずっと昔から「お客様を笑顔にする商売」を実践していました。
・越後屋(三越の前身)
…「現金正価」「チラシ(引札)」「顧客本位の店舗設計」で繁盛。
・平賀源内の鰻プロモーション
…「土用の丑の日に鰻を食べる」という生活提案を広めた。
・近江商人の三方よし
…「売り手よし、買い手よし、世間よし」。
現代のCSRやSDGsにつながる理念。
これらは体系化された理論ではなく、現場でお客様と向き合いながら自然に生まれた実践です。「どうすればもっと喜んでもらえるか?」という思いから、自然に磨かれてきた文化だと言えるでしょう。
歴史から見えてくるマーケティングの本質
こうして振り返ると、マーケティングとは「特別なテクニック」ではなく、社会と技術の変化に応じて「人と人がどうつながるか?」を考える、合理的な営みだと分かります。
アメリカは移民国家であるため、意思統一を図るための設計図が必要であり、マーケティングをはじめ、体系化する必要性があります。一方、日本人の祖先は、言葉や理論がなくても「顧客の笑顔をつくる」ことを自然に実践していました。
つまり、マーケティングの本質は、昔から変わらず 「お客様を笑顔にして、その対価として商売が成り立つこと」 にあります。
マーケティングには「哲学」が必要
ここでお伝えする「哲学」とは、難しい学問ではなく、次のようなシンプルな問いを持ち続けることです。
・なぜ、このビジネスを行うのか?
・どんなお客様を笑顔にしたいのか?
・もっと喜んでもらうためには、何ができるのか?
こうした哲学は「企業理念」にも繋がる話です。この問いを持ち、日常生活の中でも好奇心や問題意識を育てていくこと。それこそが新たなヒントや仮説につながり、フレームワーク以上にマーケティングを“使える道具”にしてくれます。
マーケティングはアメリカで合理化された学問ですが、私たち日本人の文化にも根付いた「商いの心」が存在します。
すべてはお客様を笑顔に、社会を豊かにするために!
両者を歴史から学び直し、そこに哲学的な問いを重ねることで、マーケティングは現代社会をより豊かにするための“人間的な実学”として生き続けるのです。
マーケティングは、アメリカの時代や社会背景から体系化された「手法であり道具」ですが、日本では言葉はなかったものの、既に実践的に「顧客視点」や「社会貢献」の重要性を、現場でお客さんと接することで、無意識に理解していました。
私たちの祖先は「お客様を笑顔にするため」、体系化されていなくても、同一民族の強みで阿吽の呼吸で、知らず知らずのうちに、マーケティングの「本質的」な事柄を実践していたわけです。
こうしたところに、私たち日本人の文化性の卓越さを、個人的には感じています。

JECCICA客員講師 鈴木 準
株式会社ジェイ・ビーム マーケティングコンサルタント