「伝える」と「伝わる」のあいだに vol.5 「AIR / エア」が教えてくれた「ことばの力」

みなさん、映画「AIR / エア」はご覧になりました？
早くもアマプラに来てるのでまだの方はぜひ観てみて下さい。今回はこの作品の内容に触れますので、「これから観るよ」という方はこのコラムをひとまず飛ばして下さい！（笑）

★AIRのあらすじ
時は1984年。当時バスケットシューズのシェアはコンバースが50%以上を占め、次点がアディダス。ナイキのシェアはわずか19%でバスケ部門は会社のお荷物でした。CEOから立て直しを命じられたソニー（マット・デイモン）は、まだNBAに入る前のマイケル・ジョーダンに目をつけます。でもジョーダンのことはコンバースもアディダスも狙っており、何よりご本人が「ナイキ以外で」と念を押す始末。可能性ほぼナシ、さあどうする？というTrue story。
お仕事映画としてすごく面白くて、八方ふさがりの状態でもあきらめることなく道を切りひらく姿にはパワーをもらえます。何しろ我々はその後のジョーダン&ナイキの快進撃を知ってる。それを前提に彼らの苦悩の道のりを見るという楽しさもあるのです。

★「ことば」が動かす物語
私は観終わった瞬間、「これは、ことばの物語だ！」と思いました。
観たのはちょうどChatGPTが話題になった時期。私のところにも「キャッチコピーを瞬時に何案も出してくれるAIの登場、心配じゃありませんか？」という質問が来ました。何と答えればいいかなと考えていた時にこれを観て、答えをもらったような気がしました。

心に響いたのは２つの場面です。
ナイキは交渉のテーブルにすらつけず、行き詰まるソニーは友人に悩みを打ち明けます。その友人は、昔キング牧師のスピーチを聞きに行った時のことを話してくれます。「キング牧師はスピーチの前半、聴衆が乗っていないことに気づいた。そこで原稿を見るのをやめてアドリブで語ったんだ。それがあの後半だよ」…そう、「I have a dream」から始まる、後世に残る名スピーチです。あれは原稿になかったんですねえ。

その後ソニーは掟破りの交渉をし、ジョーダン一家への交渉の機会を得ます。開発したエア・ジョーダン披露はもちろん、異色のプロモーション案、効果的なCEO登場タイミング、渾身のVTRなど、あらゆる作戦を盛り込んでプレゼンを進めてゆくのですが、ソニーは途中で察してしまうのです。これらがジョーダン本人にいまいち響いていないことを。そして突然すべてをストップします。皆が困惑する中、ソニーは戦略をかなぐり捨てるような面持ちで、ジョーダンの目をまっすぐ見ながら自分の思いをストレートに語ります。結果的にそれが一家の心を動かし、ナイキはジョーダンと契約を結ぶに至るのです。

プロが戦略を練って用意したそつのないものより、思いが溢れる「ナマの言葉」が人の心を揺さぶる。目の前にいるのは単なるターゲットではなく、1人の人間。そのひとと目を合わせて自分のことばで語る。そうやって初めて、思いが伝わる。私は「AIR / エア」から、そんなメッセージを受け取りました。

★巧みさよりも大事なこと
AIの進化は素晴らしく、ことばをつくる分野においても、使いようによっては私たちの仕事と生活を大変便利にしてくれます。しかしそれはあくまでも素材であり、そのままを世間に放流するのは危うい、と思っています。
AIはあらゆる情報を組み合わせてくれるので見事に「それっぽい」ことばを作り上げます。でも現時点ではあくまで「それっぽい」の域からは出ていないと感じます。「既に言われてきたこと」の再構築だからかもしれません。
私がキャッチコピーや企業理念を作る時は、人の話をたくさん聞きます。モヤモヤとしてうまく言語化できない思いも残さず聞きます。いわば「まだどこにも落ちてない思いやことば」をじかに拾って「これからのことを書く」のです。
別にどっちが優れているとかではなく、AIとは担当する分野が違う、といった感じでしょうか。

私はこれからも「自分が見て感じたこと、自分なりの思い」を材料にことばを作りたいと思っています。聴衆もクライアントも顧客も愚かではありませんから、そう簡単に操作できたりはしません。上手くパッケージングされた「それっぽい」ものに心が入っていなければすぐ見破られるし、美辞麗句が並んでいても簡単に喜んではくれない。だから私たちは、上手い下手よりもまず、自分の思いを相手への思いやりと共に伝えようと奮闘するしかないのです。それは時に、思いもかけない嬉しい反応を生みます。
苦しみながら自分の思いを伝えるって、効率的じゃないけど決して無駄ではないのですよ。