楽しく分かるマーケティング:その⑯新たなシニアマーケットを形成する「ABS世代」とは?
人生100年時代とは言え、これまでのシニアマーケティングは何故苦戦した?
人生100年時代とは言え、これまでのシニアマーケティングは何故苦戦した?
「人生100年時代」、昨今私たちはこの言葉を聞かない日はありません。この言葉は2016年に、ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットが、『LIFE SHIFT、100年時代の人生戦略』で提唱し世界中で話題になりました。日本国内では2017年9月首相官邸に安倍首相を議長とする「人生100年時代構想会議」が設置され、様々な政策議論が交わされるようになり広く国民に普及したのです。
厚生労働省昨年発表の日本人平均寿命は、男性81.09年、女性87.26年であり、更に平均値は延びると予測されています。お役所が高齢者(前期・後期)と言う65歳以上人口は3557万人。総人口28・1%を占めるため、様々な企業は「シニア市場」開拓に注力していますがいずれも苦戦しています。私は昨年から本格的にシニアマーケティングに関わり始めましたが、このビジネスが「難しい・お金にならない」理由は「次の3つ」と断言出来ます。
苦戦理由その①~これまでのマーケットのポテンシャルが低かった
これまでのシニアマーケットは顧客ニーズが薄かったことです。現在シニアマーケットは戦争を境に2つに分かれます。先ず「戦前・戦中世代」、現在の後期高齢者世代です。この世代の特徴は戦争体験が大きく影響し「倹約が美徳」という考えの人が多く、高齢化で「お金・健康・孤独」とシニア3大不安もありお金を積極的に使いません。タンス預金も多く資産は子供たちに残す慣習も影響しています。そして高度経済成長期を支えた世代で、若い頃の遊びの経験があまりありません。「遊びは不良!」のように明治生まれの親世代から教えを受けた世代です。つまり余暇を過ごす術を知らない、楽しみを見つけにくい、お金の有効な使い方を知らない人が多いのが特徴です。
次に戦後生まれ「団塊・ポスト団塊世代(昭和20年代生まれ)」、現在の前期高齢者世代です。人口も多く市場規模は大きいため有望視されたのですが、この世代の女性はアクティブなのに男性はリタイヤ後の生き方を見い出せません。この理由も戦前世代と同じく企業戦士で仕事一途の男性が多かったことと、やはり若い頃の遊び体験が少ないことです。団塊世代は学生運動渦中の世代であり、男子学生の娯楽は「デモ行進(流行だった)・マージャン・フォークソング」と言った感じでした。一方で女子学生はミニスカートブームや昭和46年創刊の雑誌「anan・nonno」から流行したアンノン族など、男子学生に先駆けてオシャレをし遊びを覚えました。この女性たちが現在アクティブシニアとして消費行動を起こしています。
このような背景から一番目の理由は、これまでのシニアマーケットのポテンシャルの低さにあります。
苦戦理由その②~事業やマーケティングを考える企業人が若い
二つ目は、売り手側の構造的問題です。日本企業、特に大企業の多くは50代になると役職定年を迎え現場を去ります。すると40代が部長やリーダーを務め、20代や30代の部下とチームを作ります。その40代以下だけで構成されているチームがシニア向けの新規事業・新製品を考えても、親子ほど年齢が離れたシニアのリアルな実態は分かりません。
であれば50代や雇用延長の60代社員と情報共有すれば良さそうなものですが、「組織の壁」は厚く、現場を離れた元上司は口を出すことは無く、新たに任された若いリーダーも先輩や元上司に話を聞くことは少ないようです。せっかくこれまで蓄積されてきた様々なナレッジが活かされない、現場とベテランの情報共有が事実上出来ていません。
更に言うのであれば、従来のシニア世代のデータベースを活用するならば、必然的にこれまでのシニア情報を元にマーケティングプランを考えることとなり、時代は変化しているのに新たな発想や市場を捉える目を摘んでしまう事にもなりかねません。
苦戦理由③~シニアを十把一絡げ・固定観念で捉える
三つ目は、理由①と②が相まって、シニアを「十把一絡げ」や「固定観念」で捉えることです。実はこれが最大理由と言っても過言ではありません。シニアといえば、「健康、旅行、孫が可愛い、あとは介護・終活でしょ…」と一括りに考えるので、『これまでにない新たな価値の創出、顧客が支持するモノやサービスが世の中に出てこない』のです。
最近見たある大手金融機関のシニア実態アンケートも、まさにこの考えが反映されていました。先ずもっておかしいのは調査対象が「50歳から79歳の男女1000名」で、いきなり親子程年齢が違う50歳以上を十把一絡げです。調査サマリーの最初には「やはりシニアの楽しみは旅行だった!」とありました。その調査方法を見ると「あなたが楽しみと思う項目にいくつでも〇を付けてください」です。そのように複数回答で聞かれたら誰でも旅行に〇を付けます。そして女性の3番目に「健康作り」がランクインされており、「やはりシニアは旅行や健康作りが楽しみで興味関心が高い」と結んでいました。しかし健康は年齢により捉え方が異なります。80歳を超えると身体の衰えが加速して健康が目的化しますが、前期高齢者は健康であり「何かを楽しみたいから健康でありたい!」と思う訳で、健康は目的でなく「手段」です。このあたりの調査設計が最初から「シニア=旅行と健康が楽しみと言う仮説」で作られています。
この1年くらい、幾つかのメーカーさんのシニア向け事業開発や製品開発の相談を受けましたが皆さん全く同様な考えで、「シニア十把一絡げ、固定観念」で捉えています。例えて言うのであれば、昭和21年新聞連載開始された漫画サザエさんの磯野波平さんが54歳、舟さん48歳ですが、メーカーの若手製品開発やマーケティング従事者は、アクティブシニアのターゲット像を「いまだに磯野夫婦?」と唖然とするくらい、お年寄り扱いしている傾向が目立ちます。(ちなみにサザエさん連載開始時の平均寿命は50代でした)
65歳以上の人口構成比は約28%ですが、これを50歳に引き下げると「約50%」であり、何と今や日本の市場は『50歳を境に上と下で半々の人口を構成している』のです。それにも拘わらず若年層は細かく年齢・性別を刻んでビジネスやマーケティングを行うのに、50歳を超えると一括り。若年層だけを緻密に狙うビジネスやマーケティングを行うのも終わりを告げる時です。これではビジネスチャンスを大きく逃がしています。
TOKYO:2020の年から始まるシニアは3世代
2020年の東京五輪に注目が集まっていますが、来年もう一つ大きな出来事が起こります。それは昭和30(1955)年生まれが「65歳=前期高齢者」となり、来年以降は高度経済成長期に生まれ、インターネットリテラシーがありスマホを普通に使う世代が続々とシニアになるのです。
昭和35(1960)年に生まれた私は、自分が来年還暦になり、赤いちゃんちゃんこを着て高齢者の仲間入りをする実感がわきません。同じ思いの人は多いと思います。そもそも、「シニア・高齢者・老い」という言葉は一般名称で、生活者向けに使う言葉ではありません。最近「老活」という言葉が提唱され、「40代からリタイヤ後の自分探し老活ブーム」と記事で読みましたが、私の身近な82歳ジャーナリストの女性は「老いは病」と断言しています。老活・・あまりにもネーミングの印象が悪すぎます。
多くの顧客層は自分がシニア・高齢者とは思われたくない、言われたくないのです。特に80年代バブルの影響を受けた「昭和30年生まれ」世代は、現在のアクティブシニアよりもさらに若く特有の価値観や消費行動を持っています。私はこの世代を「ABS(アクティブ・バブル・シニア)世代」と名付けました。これからシニア市場は生まれ育った時代により3世代で構成されます。ECビジネスの対象としてこれまでシニアはあまり意識をしませんでしたが、ABS世代は普通にスマホを使い、普通にECで買い物をする世代です。(※図①)
シニアの概念を変えるABS世代とは何か?
ABS世代とは、名前のとおり80年代バブル期そしてその時代に向かうまでを、10代から20代の頃に色濃く影響を受けている世代を指します。昭和30年生まれは来年に65歳を向かえ前期高齢者となります。そして43年生まれまでが新卒バブル期入社で、この14年間の世代には共通要因があることから定義づけました。昭和30年生まれは来年65歳。更に洞察すると50代女性陣で配偶者が60代だと、夫は定年退職し孫も居る方も多く、すると妻は50代でも既にシニアのライフスタイルです。ABS世代は1960年代の高度経済成長期に幼年期を過ごし、戦争体験がある親から多大な家族愛を注がれ育ちました。思春期そして大学生の頃は、音楽・ファッション・スポーツ・様々な娯楽で大きな刺激を得ます。中でも「1975年創刊の雑誌JJ、1976年創刊の雑誌POPEYE、1978年日本公開しDISCOブームに火をつけた映画サタデー・ナイト・フィーバー」はABS世代に対する3大インパクトです。
こうした時代背景から大衆の若者が遊びを楽しむことで、新たなカルチャーやライフスタイルが形成されました。この点は昭和20年世代と決定的に違います。そして1980年代社会人となり空前のバブル景気を体験する。また男女雇用機会均等法が制定されたのは1985年であり、女性の本格的社会進出を図った第一期生もABS世代の女性です。こう振り返ると、生まれてから社会人そして結婚生活をスタートする時期において、「戦後日本市場のいいとこ取り、おいしいとこ取り」をした世代と言えます。人間成長過程での基盤や、若い時のバブル体験があるABS世代には、特有の価値観や消費特性があります。(※図②)
ABS世代の今後の課題と市場機会
そんなABS世代も、今では50歳から64歳のプレシニア層です。終身雇用時代に社会人になり、その後雇用環境が劇的に変化し、今では人生100年時代と言われ、今後の「仕事・お金・生き方」に関して様々な課題を抱えている世代でもあります。
このようにABS世代は今までのシニアにない価値観から、アクティブなライフスタイルの術を知っているプラス側面と、今後の人生設計が描きにくいマイナス側面を併せ持っているのです。だからこそABS世代には、今までのシニアマーケティングにない「ドキドキ・ワクワク・ハッピー」なライフスタイル提案から、新たなシニアビジネスの可能性を秘めています。同時に生涯現役・生涯生きがいを持ち続ける「人生100年時代の日本人のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)・新たな生き方や働き方」を実践し、若い世代に引き継いでいく責任ある世代なのです。
今後ABS世代に向けてECを通じた「モノやコト」の価値、ライフスタイル、こうした「コンセプト提案」は、無数のアイデアとビジネスチャンスを秘めているブルーオーシャンと言えます。
JECCICA客員講師 鈴木 準
株式会社ジェイ・ビーム マーケティングコンサルタント
マーケティングコミュニケーションコンサルタント。「顧客視点でのマーケティング」を信条とし、生活者の価値提供を最重要視したマーケティングコミュニケーション領域の、コンサルティング&プランニングを手掛ける。