よくある悩みの正体
「広告費を増やし、新規顧客獲得数は順調に伸びている。それなのに、なぜか売上の伸びが鈍化してきた」多くのEC事業者が、成長のある段階でこの矛盾に直面します。
原因は決まって「獲得施策が弱い」と語られがちですが、実際にはもっと構造的な問題が隠れていることが少なくありません。それは、新規顧客を「増やす」ことと、その顧客を「資産として残す」ことは、まったく別の課題であるという点です。
私は過去に多くの成長し続けるEC事業を見てきましたが、それらは例外なく「新規とリピートを両輪で回す」仕組みを構築しています。
獲得の蛇口をどれだけ開いても、その先の顧客が静かに離れていくなら、売上は一定水準で頭打ちになります。今回は、その構造的な原因と、打ち手の方向性を整理します。
「買い続けている=ロイヤルティが高い」という誤解
多くの事業者は、リピート購入率やLTVといった指標を見て「ロイヤルティは高い」と判断しがちです。しかし、購入が続いているという事実だけでは、その顧客が自社を強く支持しているかどうかは分かりません。
理由は単純で、購入の継続には「本当に好きだから」以外の理由がいくらでもあるからです。単に他に良い選択肢を知らない、切り替えるのが面倒、たまたま検索上位に出てきた——こうした消極的な理由による継続は、競合がもう少し魅力的な提案をした瞬間に簡単に崩れます。つまり、リピート購入という表面上の数字だけを追いかけていると、実は足元が崩れかけていることに気づけないのです。
ロイヤルティの本質は「好きか」ではなく「競合より選ばれるか」
ここで重要になるのが、ロイヤルティを「満足度」ではなく「相対的な選好」として捉え直す視点です。顧客が何かを買おうと思い立ったとき、頭の中に真っ先に浮かぶブランドになれているか。マーケティングの世界ではこれを「第一想起」や「マインドシェア」と呼びます。
顧客満足度がどれだけ高くても、購入を検討する瞬間に思い出してもらえなければ意味がありません。満足は「悪い体験をしない」ための土台にはなりますが、「選ばれる」ための決定打にはならないのです。競合が増え、選択肢があふれる今のEC市場では、満足度の高さよりも「想起される順位」の方が売上に直結します。
競争は「購入の瞬間」だけで起きているわけではない
もう一つ見落とされがちなのが、競争が起きているタイミングです。多くの事業者は、顧客が購入ページに来てくれた瞬間の競争(価格、送料、レビュー)にばかり注力しますが、実際の勝負はそのずっと手前、つまり購入と購入の間にも常に続いています。
顧客が次に何かを必要とするたびに、頭の中では無意識のうちに複数の選択肢が比較されています。その「見えない予選」で自社が候補にすら挙がらなければ、そもそも購入ページにたどり着くことすらありません。新規獲得ばかりに投資を集中させる事業者は、この購入間の競争を丸ごと見過ごしているケースが多いのです。
では何をすべきか 意味のある接触頻度の設計
打ち手の方向性はシンプルです。購入直後で関係を終わらせず、次の購入意欲が生まれるより前のタイミングから、意味のある形で顧客との接触を保ち続けること。ただし「接触頻度を増やす」ことと「配信数を増やす」ことは同じではありません。単なる販促メールの連打は、むしろ嫌悪感やブランド離れを招きます。
重要なのは、「メッセージ配信の量と質の両立」です。顧客の購入サイクルや興味関心に合わせて、役に立つ情報・体験・提案を届け続けることです。これは属人的な運用だけでは限界があり、CRMやMAといった仕組みを使って、顧客一人ひとりの状況に応じたコミュニケーションを継続的に設計・実行していく必要があります。想起は一度作って終わりではなく、維持し続けるものだからです。
とはいえ、「自社の場合はどのような施策が有効なのか」は、CRMの知見がないとなかなか設計が難しいものです。そこでまずおすすめしたいのが、成果につながりやすい、いわゆる「鉄板の施策」から着手することです。汎用性が高く効果検証もしやすい施策から始めることで、CRM施策の第一歩を無理なく踏み出せます。
成果につながるCRMの鉄板シナリオ
カゴ落ち通知
カートに商品を入れたまま離脱した顧客にリマインドを送る施策。購入直前まで関心が高かった顧客を逃さず刈り取れるため、鉄板施策の中でも特に効果が出やすい。
閲覧リターゲティング
商品ページを見たものの購入に至らなかった顧客に、その商品や類似商品を再度案内する施策。検討中の顧客の記憶を呼び戻し、比較検討の土俵に残り続ける。
レコメンド
購入・閲覧履歴をもとに、興味関心の高い商品を個別に提案する施策。One to Oneの提案によって追加購入やクロスセルを促す。
ランキング
人気商品や売れ筋をランキング形式で紹介する施策。選択に迷う顧客の意思決定を後押しし、まだ知らない商品との出会いも生む。
バースデー通知
誕生月や誕生日にお祝いメッセージやクーポンを届ける施策。感情的なつながりを作り、ブランドへの好意を高める。
ポイント明細
保有ポイントの残高を定期的に知らせる施策。「使わないともったいない」という心理を刺激し、再訪・再購入のきっかけを作る。
ポイント有効期限
失効が近いポイントを事前に知らせる施策。締め切り効果によって購買行動を後押しする。
残りわずか通知
在庫が少なくなった商品を知らせる施策。希少性を伝えることで、購入の背中を押す。
お値下げ通知
閲覧・お気に入り登録した商品が値下げされた際に知らせる施策。価格面での後押しにより、購入の最後のハードルを下げる。
再入荷通知
欠品していた商品の入荷を知らせる施策。過去に購入を諦めた顧客の意欲を逃さず刈り取る。
売れ続けるECとは、忘れられないECである
新規顧客の獲得は、売上成長のスタートラインに過ぎません。獲得した顧客が競合よりも先に思い出され、選ばれ続けなければ、どれだけ新規を増やしても売上は頭打ちになります。
真に成長し続けるECとは、価格や機能で一時的に勝つECではなく、顧客の記憶の中で存在感を保ち続けるEC——つまり「忘れられないEC」です。購入と購入の間の顧客との向き合い方を見直すことこそ、今、多くのEC事業者に求められている次の一手だと言えるでしょう。