リピート売上を最大化するCRM戦略 〜「売るCRM」と「育てるCRM」の両立〜
「CRMを導入しているのに、思うようにリピート売上が伸びない」。そんな声を多く耳にします。施策の数は増えているのに成果が比例しない──。この背景には、「コミュニケーションの量だけを増やし、質が伴っていない」もしくは反対に「質ばかり追求し量が伴っていない」という大きな落とし穴が存在しています。
いま、多くのEC事業者が直面しているのは「リピート獲得の限界」。新規獲得が年々難しくなり、CRMによる既存顧客の深耕が重要視される中で、単なるメール配信やクーポン施策では成果が頭打ちになっているケースが増えています。
本記事では、リピート売上を最大化するための鍵として、「量と質の両立を追求するCRM戦略」に焦点を当てます。
「売るCRM」と「育てるCRM」──目的別に設計すべき理由
CRMの施策は、すべてが「売上を上げるため」に設計されている──。そう考えている方は多いかもしれませんが、実はその捉え方がCRMの成果を狭めてしまっている可能性があります。
CRMには「売るCRM」と「育てるCRM」の2つのアプローチがあり、この両者を明確に区別し、目的に応じて設計を切り替えることが、リピート売上の最大化に直結します。
まず「売るCRM」は、その名のとおり購買を促すことを目的とした施策です。クーポン配信、セール告知、在庫通知、レコメンドメール、カゴ落ちメールなどが該当します。
これらは短期的なCV(コンバージョン)を目的としており、顧客の「今買いたい」を引き出す“刈り取り型”のコミュニケーションです。即効性が高く、CVRを押し上げる効果がありますが、やりすぎると“売り込み感”が強まり、顧客離れを引き起こすリスクもあります。
一方の「育てるCRM」は、中長期的なロイヤルティの醸成を目的としています。たとえば、商品開発の裏話や作り手の想いを伝えるコンテンツ、他のユーザーのレビュー紹介、アフターフォローのメッセージ、ブランドの世界観を感じさせる会報誌的メールなどが該当します。これらは即時的なCVを狙うのではなく、顧客の理解と共感を深め、「またこのブランドで買いたい」と感じさせるための“関係構築型”の施策です。
CRM戦略の失敗パターンとしてよくあるのが、「売るCRM」に偏りすぎてしまい、ロイヤルティが育たず、顧客が離れていくというものです。短期的には成果が出るものの、中長期では顧客数が減少していくスパイラルに陥ってしまいます。
この課題を回避するためには、まず「顧客のフェーズ」を明確に定義することが重要です。
例えば、初回購入直後には「売るCRM」で次回購買を促し、F2化が完了した段階で徐々に「育てるCRM」にシフトしていくという流れです。
もしくは商材によっては反対に「育てるCRM」から「売るCRM」にシフトした方がよいケースもあります。(特に定期購入から入る単品リピート通販のケース)
このように、フェーズごとに目的を明確化し、それに応じたコミュニケーションを設計することで、成果と関係性を両立させることが可能になります。
この「売る/育てる」のバランスを最も意識している企業のひとつが、とある食品会社です。同社では、初回購入〜F2転換までは「クーポン・リマインド・レコメンド」を駆使した“売るCRM”を軸に設計。その後、F3以降のユーザーには「スタッフインタビュー」「栄養士による商品解説」「他のお客様の声」「お取り寄せグルメのある生活の楽しみ方」といったコンテンツを中心に配信し、リピート率を大きく改善させています。
このような成功の背景には、「フェーズごとの目的の違い」を社内で明文化し、KPIも使い分けている点が挙げられます。「売るCRM」ではCVR・F2率・即時購入率を、「育てるCRM」では開封率・エンゲージメント率・LTVをKPIとして管理し、施策評価も適切に分けています。
また、「育てるCRM」は一度作って終わりではありません。重要なのは“継続性”と“世界観の一貫性”です。
例えば、毎月1回必ずブランドの世界観を伝えるコンテンツを送る、同じ人物(バイヤーや開発者)が語る構成にする、使い方のヒントを連載形式で届けるなど、ユーザーが「読むのを楽しみにする」仕掛けがあると、CRMの役割は“売る”から“つながる”へと進化します。
このように「売る」と「育てる」は、どちらか一方ではなく、状況に応じて行き来する“連続的な設計”が必要です。CRM担当者の役割は、「どの顧客が今どのフェーズにいるか」を見極め、その顧客にとって最適な“関係づくり”を設計することにあります。
そこに成功すれば、CRMは単なる販促ツールではなく、ブランドとの絆を深め、LTVを最大化する“資産”へと進化します。
CRMは“売上の自動化装置”ではない──人が設計するべき理由
「CRMは自動化でラクになる」──そうした期待を持ってCRMツールを導入する企業は多くあります。確かに、配信作業の効率化やリマインドの自動化など、運用工数の削減はCRMの大きな利点です。
しかし、“自動で売上が伸びる”という考え方には注意が必要です。CRMは“装置”ではなく“戦略”であり、その成果は「どれだけ丁寧に設計されたか」によって決まります。
CRMは“ツール任せ”にしてうまくいく領域ではありません。確かにツールの機能や自動化によって支援される部分はありますが、それをどう活かすかは、設計者の意図と戦略にかかっています。つまり、CRMは「売上の自動化装置」ではなく、「売上の設計装置」であるという視点が必要なのです。
CRMで成果を出せていない企業では、
よく次のような“失敗パターン”が見られます:
●同じテンプレートで全顧客に同じ配信をしている
●配信数やセグメント数ばかりをKPIにしている
●CVRしか追っておらず、関係性やロイヤルティを無視している
●施策の設計者と運用者が分離しており、顧客の感覚と乖離している
これらはすべて、「手段が目的化してしまった」状態です。CRMツールを使うことそのものがゴールになり、本来あるべき「誰に何をどう届けるべきか」という設計思想が抜け落ちてしまっているのです。
反対に、CRMの成果を上げている担当者には共通点があります。それは「仮説力」「構成力」「共感力」を兼ね備えていることです。
仮説力:ユーザーの心理や行動を読み取り、「このタイミング・この言葉なら響くのでは」という仮説を立てる力
構成力:内容・チャネル・配信タイミングをシナリオとして設計する力
共感力:受け取り手の気持ちになって、文面やタイミングを調整する感性
この3つがあるからこそ、「人が設計するCRM」が成果を生み出すのです。
CRMは「売上を伸ばすツール」ではなく、「顧客との関係性を育み、結果として売上につなげるための戦略装置」です。導入して終わりではなく、誰がどう設計し、どんな思想で運用しているかが、成果の9割を決めます。
CRMの価値を最大化するには、まず「人」がその中心にいるという原点に立ち返る必要があるのです。
まとめ:売上の先にあるCRMの本質
EC事業の成長において、CRMは今や欠かせない存在です。
しかし、それは単なる“ツールの導入”ではなく、“戦略の進化”が求められるフェーズに入っています。
本記事で紹介したように、リピート売上を最大化するためには「コミュニケーションの量と質」をいかに高めるかが鍵となります。
One to One配信の徹底、タイミングとチャネルの最適化、そして「売るCRM」と「育てるCRM」の両立──これらはすべて、“顧客との関係性”を中心に設計されたコミュニケーション戦略です。
誰に、何を、いつ、どのように届けるのが最も響くのか──この問いに向き合い続ける姿勢こそが、LTV最大化への近道です。
いま必要なのは
「とにかく配信する」CRMではなく、
「設計して届ける」CRMです。
企業が“売上を作る側”から“信頼を育む側”へとシフトする時代──
その中心にあるのが、顧客起点で考え抜かれたCRM戦略なのです。

JECCICA客員講師 中村 隆嗣
株式会社ファブリカコミュニケーションズ
アクションリンク プロダクト責任者
2003年に北国からの贈り物へ入社。本店/楽天/Yahoo!/Amazon/ぐるなびなど全店のマーケティング戦略責任者として数々の賞を受賞。2014年株式会社メディックスに入社し、年商2500億規模の大手製薬会社や外資系アパレルブランドなど、メーカー直販ECの事業コンサルティングを手がける。コンサルティング先で多く見られたCRMの課題を解決すべく2018年にアクションリンクを立ち上げ、2023年ファブリカコミュニケーションズにジョイン。現在に至る。