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男と女の間には暗くて深い河がある システム開発・システム移行でベンダーとこじれてトラブル

男と女の間には暗くて深い河がある、なんて粋な歌い回しがありますが、仲良く見えてもやっぱりヒトとヒトって難しいものですよね。・・・
などと悟ったような人生漫談を講じるわけではないのですが、このところ妙に気になるのは「システム開発・システム移行でベンダーとこじれてトラブル。その果てには多額の賠償請求をもとめて法廷闘争」といったニュースです。

皆さまも以下のニュースは記憶に新しいのではないでしょうか(敬称略)。

1. NHK vs IBM
富士通系の営業基幹システムを利用していたNHKが新基幹システムへの移行開発をIBMに発注。しかし要件の複雑さが想定と異なり、納期延期・開発方式見直しをIBMが要請。NHKが契約解除し、既払い分と損害賠償を訴訟中。
請求総額54億6992万円(既払い金31億円+損害賠償23億6992万円)を請求。

2. グリコ vs デロイト
デロイト主導の元、グリコが2024年4月、基幹システムとしてSAPS/4HANAベースの新基幹システムを導入し稼働したところ、稼働開始直後から受注処理・出荷業務で混乱が発生。長期間にわたってチルド主力商品であるプッチンプリンやカフェオーレなどの出荷ができなくなり、売上高は期首予想より150億円の下方修正(本日現在、賠償についての公開情報はありません)。

3. 京都市 vs システムズ
約30年前からNEC製メインフレーム上で基幹系システム(国民健康保険や徴税、住民基本台帳の管理など重要な18業務を担っている)を稼働させていた京都市が、老朽化対策や運用費削減などを目的にオープン化事業を計画。
競争入札の結果、システムズ社が本稼働に向けマイグレーション作業を進めたが、テスト手法などについて見解が一致せず、本稼働が大幅に遅延。
請求総額7億5024万4003円(既払い金+損害賠償金の合計)を請求

どの例も大きな組織で、安くない予算をかけたプロジェクトですので、慎重に慎重を重ねて進めた案件だったと思います。委託者・受託者のどちらからしても遊び半分でできるような規模ではなく、文字通り命を懸けて遂行した案件であったと思います。

しかしながら最終的には大きな損害を負うことになったり、その結果裁判沙汰になったりするのはなぜなのでしょうか。

人間関係においても不幸な結末に至る理由は多数あるように、企業・自治体同士での各案件のトラブルもそれぞれ異なる原因があるのだろうとは思うのですが、顛末を読んでいると、日本の組織文化が原因で委託者と受託者で想定する進め方に差が生じ、その差がどんどん拡大し続け、取り返しがつかなくなったという共通点があるように見えます。

これは中小規模のECショップにおけるカート移行や開発案件でも起きかねないトラブルですので是非皆さまの意見もお聞きしたいのですが、「ウォーターフォールこそ至上。アジャイルなど準備不足に他ならない」という日本企業独自の考えが根強いのも原因のひとつかと思っています(私の完全なる個人的見解です)。

私は前職で金融機関向けのBPOシステムを提供する部署にいたのですが、お客様から開発方法について質問があった時は「ウォーターフォール開発です」と脊髄反射的に即答できるように訓練させられたことを思い出します。
なぜならば「アジャイル開発」とくに「一部ずつリリースし、運用の中でエラー潰しとブラッシュアップをしていく」ということを良しとしない傾向があったからです。いくら低コスト、開発期間の短縮というメリットを示してもダメでした。

巨大で複雑怪奇なシステムを作るには、ウォーターフォールには限界があります。1年以上の要件定義の間、両社の担当者が異動し、物価が変わり、要件そのものが変わる、、、とまさしく”穴の開いたスプーンで泉の水をすくう”ような作業になりかねないからです。訴訟まで至るトラブルは多分この点に根本があると思います。

日本企業がアジャイルに嫌悪感を持つ主な理由としては、大きく5つあると思います

1. 「計画=安心」という文化
日本では小学校から、計画をきっちり立ててその通りに遂行することが「良いこと」と教育されています。となると、要件や優先順位が変わることを前提としたアジャイル開発では
「最初に決めた通りにならない=失敗」
「進めながら考える=準備不足」
と誤解されてしまうわけですね。学校教育のそもそもと合わないんでしょうね。

上層部:「完全な姿でのお披露目日はいつなんだ?」
開発陣:「まだ全体の要件が未確定のため未定です。直近の小リリース予定なら決まっ・・」
腰巾着:「なんだと!?全体の計画がないのに進めているのかね!全体をやり直せ!」
→ 破滅。

2. 契約形態がアジャイルと相性が悪い
日本企業の多くが「請負契約(固定金額+納品責任)」を前提とした開発をしています。
しかしながらアジャイルでは「準委任契約(人月で継続的に支援)」でないと予算が膨らみがちな点があります。

しかし準委任は成果物の保証が曖昧なため、日本企業では稟議や監査で通りにくく、「事前に予算化できないお金=無駄遣いが多くなる」という印象になってしまうようです。

3. 顧客自身が「仕様が決まっている」前提で考えている
アジャイルに向いているのは、「何をどう作るかが不確実」なプロジェクト。最終的に目指す成功像がゴールにあって、それにむけて委託、受託の両社で協力して進む必要があります。

しかし日本企業では、委託側が「今の自分たちの業務フローを変えないように」という手段から指定するケースが多く、逆にゴールの姿のほうが曖昧で、アジャイルの余地がないとも言えると思います(この点はウォーターフォールにも向かないともいえますが)。

とくに仕様書に落ちていない情報も慣習・空気で伝わっているよね!(という思い込み)案件はアジャイルには不向きなわけですが、日本企業の多くが「何が欲しいか慣習でわかるでしょ?」という前提のため、絶望的にアジャイル開発には向かないともいえます。

4. 現場に決定権を持っている人がいない
アジャイルでは速度を重視するため、委託側と受託側で「小さな自律チーム」を作って、1つ1つ決定しながら動くことが必要なのですが、日本企業は「縦割り・決裁型・責任分担型」であることが多く、その自律チームに判断権限のある人がいないという致命的な体制であることも多いです。

何か決定すべき事項があるたびに「それは担当に聞かないと・・・」「上司の承認を取らないと・・・」とムニャムニャ言って決まらず、その度に膨大な時間が浪費され、その間に業務フローも対応範囲も変動していくという最悪な事態になりがちです。

5. (上司に提出するための)成果物が曖昧
ウォーターフォールは「仕様書→設計書→テスト計画→コンチープラン→リリース」と各フェーズの資料が揃って、見た目も会議体も安心安全花丸日本丸です。

それに対して、アジャイルはスプリント単位で成果を出すものの、初期には目に見えるものが少ないという点があります。“成果物こそ正義”な日本の会社では、とくに経営層や非エンジニアから「進んでいない」「ベンダーを遊ばせている」と映るようです。

経営層:「資料もない、成果物も見えない、でもお金は使ってる。何やってるの?」
開発陣:「いえ、第1フェースの開発は順調に進んでい・・」
腰巾着:「は?順調って?何も変わってないじゃないか!新仕様書も出てないぞ!」
開発陣:「まだ第1フェーズなので、これを足掛かりに次の開発を進めてまして・・・」
腰巾着:「ベンダーに舐められて、本当は何も動いていないんじゃないのか?このままズルズルと見えない状態ではダメだ!計画全てやり直し!」
→破滅

会話例を書きながら、あーこういうやり取り見たことあるなーと思ってしまったのですが、結果的に「アジャイルだから云々」というよりも、こういった経営層への説明下手と、一部のこびへつらい担当が引き金となって破滅に向かっていくのかもしれません。

自社開発を行わない以上、委託ベンダーとはうまくやらなければならないものの、まずは自社内のお作法が最優先となる企業も多いのが日本の文化。

今後も、“DX推進”や“AI導入”等のぼんやりとしたゴールの大規模開発案件が生まれる限り、こういったトラブルはニュースを飾るのでしょうか。

JECCICA客員講師 酒井 愛子

JECCICA客員講師 酒井 愛子

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