納得の試着体験が広げる、新しい自分と出会うEC
ECサイトの利用が生活の一部となった現在、業界共通の課題として浮上しているのが「返品率」です。ある調査によれば、EC全体の平均返品率は2024年に16.9%に達するとされています(全米小売業協会 NRF と Happy Returns の報告より)。リアル店舗での返品率が数%程度にとどまることを考えると、この数字は無視できない規模です。
返品が増えるほど、事業者にとっては物流コストや人件費がかさみ、利益を圧迫します。加えて、消費者体験としても「サイズが合わなかった」「思っていた色味と違った」という理由で返品を繰り返すことは、満足度の低下やブランドへの信頼喪失につながります。
ECの普及・EC化率の上昇は日本国内でも確実に進展しています。2021年の物販系分野のEC化率は8.78%に達し、食品やファッションなど「日常生活に密着した商材」でもオンライン購入が当たり前になってきました。その一方で、返品率をいかに下げるかはEC事業者にとって持続的成長のために避けて通れない課題となっています。
商品ジャンルの変化と返品の問題
EC黎明期は規格化された商品が主力だった
1990年代後半から2000年代前半のEC黎明期、オンラインで最も売れていたのは書籍や家電、CD/DVDといったメディア商品でした。これらの商品は規格化されており、個体差や購入後の体験の差が少ないカテゴリです。本の内容は書店でもECでも同じであり、家電も型番で同一商品を特定できます。そのため「思っていたのと違った」という返品リスクは相対的に低かったのです。ECサイトでアパレルが普及しなかった理由として、当時のファッショントレンドが細身のスタイルの流行にあった、という記述を読み、なるほど、あながち間違っていないかもしれないと思いました。
昔は難しかったファッションやコスメも今では主力に
一方、現在のEC売上を牽引しているのは、食品・ファッション・コスメ・家具といった「日常生活+体験価値」に直結する分野です。これらは色味・質感・香り・サイズ感など、実際に利用してみないと判断が難しい要素を多く含んでいます。服のシルエットは当時に比べてゆったりとした傾向に変化してきたものの、返品リスクは依然として存在します。特にファッションは返品率が最も高いカテゴリのひとつであり、事業者にとって大きな負担となっています。
つまり、ECが扱う商品カテゴリの変化に伴い、従来以上に「返品を減らす仕組みづくり」が求められているのです。
返品率低減の鍵となる「試着サービス」とAI活用
返品率を下げるために多くの事業者が取り組んでいるのが「購入前の不安を解消する仕組み」です。近年では、ユーザの過去購入データや体型情報をもとに「この服ならMサイズがおすすめ」と提示するサービスが普及しており、すでに多くのファッションECで導入されています。これによりCVR改善や返品削減に寄与しています。
衣服だけでなく、バッグでは「どのくらいの荷物が入るか」を確認できる機能、アクセサリーやジュエリーでもオンライン試着が可能となっています。さらにAIを活用した試着シミュレーションも登場し、自分の写真や3Dアバターに服を重ね合わせて確認できるサービスが増えています。
これらは「サイズが合わない」「似合わない」といった返品理由を減らすだけでなく、「安心して購入できる」体験を提供し、結果としてCVR向上にもつながります。
服はベーシックに、小物で個性やトレンドを演出するのがブーム
近年のファッショントレンドを見ると、「服はシンプル・ベーシックに、小物で個性を出す」という流れが顕著です。ユニクロやGUでベースの服を揃え、バッグチャームやジュエリー、スマホケースで自分らしさを演出するスタイルはSNS世代を中心に広がっています。さらに最近では中国発の「ラブブ」も人気を集めています。
一見すると、小物やアクセサリーはサイズ依存が少なく「ECで買いやすい商材」に思えます。しかし実際には、購入後の満足度を左右する「イメージ確認」こそが重要です。
・ネックレスの長さが顔まわりにどう映えるか
・ピアスの色が肌トーンに合うか
・バッグのサイズ感が自分の体型にマッチするか
これらは文章や写真だけでは伝わりにくく、返品理由になりやすい要素です。そのため、アクセサリーや小物分野でもAR・AI試着サービスの導入が強く求められている要因となっているのではないでしょうか。
返品削減から「新しい自分を試せる」体験価値の最大化へ
ECの返品率の高さは業界にとって大きな課題です。しかし、その解決策は単なる返品手続きの効率化ではなく、「返品そのものを減らす体験設計」にあります。
EC黎明期の「規格商品中心」から「体験価値商材中心」への変化
・バーチャサイズやAIシミュレーションといった試着サービスの進化
・小物・アクセサリー領域での「イメージ確認ニーズ」の高まり
これらを踏まえると、今後のECにおいて「試着体験の設計」は単なる補助機能ではなく、顧客体験の中心となるでしょう。返品削減はコスト削減にとどまらず、消費者が「安心して買える」「新しい自分を試せる」体験を提供することでもあります。
服をシンプルに、個性は小物で。そんな消費スタイルを支えるのも、結局は「試して納得できる」仕組みの充実なのです。EC事業者にとって試着サービスは、顧客満足と収益性を両立させる戦略領域として、今後ますます重要性を増していくでしょう。

JECCICA客員講師 村石怜菜
株式会社パルコ・シティ シニア・コンサルタント。
日本女子大学被服学科卒。大手専門店企業で接客販売・店舗運営を経験した後、Eコマース支援企業で数々のファッションブランドのECサイトの構築や運用に携わる。現在は、ファッション専門店や商業施設へのECコンサルティングを得意としている。また、クライアント企業のオムニチャネル戦略の計画・実行を支えている。