2026年 年頭所感 矢嶋正明
新年あけましておめでとうございます。
日ごろよりJECCICAの活動を支えてくださる皆さまに、心より御礼申し上げます。
2025年は、生成AIが一気に進化し、普及した一年でした。文章作成、画像生成、動画制作、広告運用、データ分析など、かつて多くの時間を要していた作業が、わずか数十秒で完了するようになり、ECの現場でもその変化を実感された方が多かったのではないかと思います。
そして2026年、こうしたAIの利活用はさらに社会の隅々へと広がり、EC・小売においても大きな可能性をもたらしていくことでしょう。
その一方で、私自身も小売業を営む立場として、AIやデジタル技術が進化している今だからこそ、あらためて大切にしたいと感じていることがあります。年頭の所感として、その点について述べたいと思います。
■ 売り手と買い手ではなく、「同じブランドを愛する仲間」へ
これまで多くの企業は、顧客を会員プログラムやRFM分析によって分類し、「いつから、どのくらいの頻度で、いくら購買しているか」といった数値的な枠組みで把握してきました。新規・既存・休眠・復活といった区分や、多層的なステージランクを設け、CRMやロイヤリティプログラムを通じてLTVを最大化し、長期的な関係を築こうとする取り組みは、今日の小売・ECにおいて欠かせないものとなっています。
こういったCRMが有効であることはわかりつつ、それだけでブランドを使い続けるわけではないことは、皆さんもご理解されていると思います。 たまたま、商品やサービスに興味を持ち、使ってみたら「好き」になり、いつしか「愛着」へと進み、気がつくとこの商品以外は考えられないという状態=「ファン」に至ることは、誰にでもあります。
昨今はSNSが発達したため、こうした関係性は多くの人に可視化され、ファン同士の会話として広がっていきます。企業のSNS担当者である「中の人」も、商品を愛用している顧客も、同じブランドを応援する「チーム」の一員となります。
長年に亘り購入し続けることで応援してくれる人
自らSNSで紹介し、共感を広げてくれる人
炎上が起きても企業やブランドを守ってくれる人
顧客はいつしか「買い手」の役割を超え、ブランドを共に育ててくれる心強い「仲間」へと変わっていきます。
こうした関係を築けたブランドは、強く、長く、深く続いていくものです。
今の小売・ECに求められるのは、「買っていただいて終わり」ではなく、「一緒に歩き続ける関係」をどう設計するか、という視点ではないでしょうか。
■ 4Pを「共感の設計図」として見直す
そのうえで、あらためて「マーケティングの4P(Product/Price/Place/Promotion)」が、顧客と共感を育てるための実務的なフレームとして、見直す価値があると感じています。
● Product(商品)
商品はブランドの「人格」そのものです。
「どんな思いでつくったのか」
「誰の、どんな暮らしに役立ち、どう寄り添いたいのか」
といった背景がナラティブとなり、自分ごと化されると真の価値を生みます。
● Price(価格)
価格は「安ければ良い」というものでもありません。
ブランドの姿勢、生産に関わるコスト、サービスの品質、アフターサポート、そして「すぐに値下げをして顧客を裏切らない」といった誠実さも含めて、顧客の体験価値が積み重なり、価格への納得感が生まれます。
● Place(チャネル)
リアル・EC・SNS等々、メディアの境界がさらにクロスオーバーしていく中で、「どこで触れても同じ世界観と心地よさを感じられるか」が一層重要になります。
AIはデータをつなぎ、体験を支える大きな助けになりますが、その体験に「温かさ」を添えるのは、現場にいる一人ひとりの熱意や愛情だと信じます。
● Promotion(伝え方)
情報が溢れる現代では、本当に好きな人同士が共有する「共感の深さ」が価値を持つ時代です。
AIは文章やクリエイティブを大量に生成できますが、「誰が、誰に向けて、どんな気持ちで届けるのか」という設計は、顧客を最も近くで見ている現場の感覚が不可欠です。
■ 「顧客を見ているか?」という本質的な問い
ここまで「4P」というフレームに立ち戻って自社の在り方を見てきましたが、同時に「顧客(お客様)」を考える必要があります。
私たちが、どんな価値観を大切にしているのか
どんな瞬間に心が動き、人はどんな体験に感動するのか
何をきっかけに「ファン」へと成長するのか
こうした問いを丁寧に追いかけることが、ブランドの持続可能性を支える源泉です。
AIが膨大なデータを処理し、煩雑な作業が一瞬で終わる。
AIによって生産性が向上したからこそ、「共感」「温度」「ストーリー」「コミュニティ」といった、人が生み出せる価値がより一層輝く。
そして、「作り手や関わる人の温もりが感じられるブランド」であることは前提として、「顧客とともに歩むブランドが選ばれる時代」へと向かっていくのではないでしょうか。
デジタルとヒューマンタッチ、効率と共感の融合。
こうした流れを皆さまと共に楽しみながら、小売・ECの未来を一緒に考えていければ幸いです。
2026年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

JECCICA理事・講師 矢嶋 正明
株式会社パインバレー 代表取締役
オフィスWP株式会社 代表取締役
ファッション大手のビームスで25年間勤務。EC事業を立ち上げ、15年間で250億円規模まで成長させる。デジタルマーケティングとDXの担当役員を経験。
得意分野は、EC、オムニチャネル、コミュニティマーケティング。
一般社団法人 日本オムニチャネル協会 フェロー
一般社団法人 コミュニティマーケティング推進協会 フェロー